阿沼美神社 愛媛県松山市味酒町 - 神社ファン

有名度

前頭

阿沼美神社

あぬみじんじゃ

愛媛県松山市味酒町三丁目1番ノ1

愛媛県松山市味酒町三丁目1番ノ1

拝殿

Jyo81(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

ご利益

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御祭神

主祭神

大山積命 おおやまづみのみこと

主祭神

高龗神 たかおかみのかみ

主祭神

雷神 いかずちのかみ

主祭神

味耳命 うましみみのみこと

合祀

面足神 おもだるのかみ

合祀

惶根神 かしこねのかみ

合祀

神八井耳尊 かみやいみみのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系」 「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(2柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

阿沼美神社は愛媛県松山市に鎮座する神社。御祭神は大山積命、高龗神、雷神、味耳命、面足神、惶根神、神八井耳尊の7柱をまつる。
社格は名神大社(論社)であり、旧県社。
社伝では、阿沼美神社は天智天皇3年(664年)に越智守興が創建したと伝えられている。味耳命の後裔とされる久米氏の氏神とも伝わり、古くは現在の松山城が建つ勝山の山頂に鎮座していた。旧称には勝山三島大明神の名がある。
延喜式神名帳には、伊予国温泉郡の名神大社として阿沼美神社の名が記載されている。温泉郡四座の中で唯一の大社であったが、のちに衰微し、所在が不明となった。現在は松山市味酒町の阿沼美神社と、平田町の阿沼美神社が論社とされている。
慶長7年(1602年)、加藤嘉明が松山城を築城した際、神社は勝山から味酒村へ遷座した。この遷座以後、味酒神社と称されるようになり、江戸時代には歴代松山藩主の崇敬を受けた。藩主からは社領や御供料の寄進が行われ、社殿の維持や祭祀が続けられた。
元禄14年(1701年)には社殿の改造が行われた。明治3年(1870年)には県社に列格し、社号を阿沼美神社へ復している。
昭和20年(1945年)7月の松山空襲では、社殿をはじめ多くの建物が焼失した。その後、再建事業が進められ、昭和32年(1957年)8月に鉄筋コンクリート造の社殿が完成した。
現在の本殿は流造である。拝殿内部には、旧伊予松山藩主久松家の嫡流で、元愛媛県知事でもあった久松定武が揮毫した社号額が掲げられている。
例祭は10月6日に行われる。神幸祭では、雷神の千木神輿、大山積命の八角大神輿、高龗神の四角大神輿が宮出しされる。6月30日には夏越大祓式、7月25日には境内社である味酒天満神社の例大祭が執り行われている。
  • 県社
  • 名神大社(論社)
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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建築

本殿 流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B2%BC%E7%BE%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
愛媛県神社庁
http://ehime-jinjacho.jp/