山崎八幡宮 山口県周南市宮の前一丁目九番一〇号 - 神社ファン

有名度

前頭

山崎八幡宮

やまさきはちまんぐう

山口県周南市宮の前一丁目九番一〇号

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山口県周南市宮の前一丁目九番一〇号

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
山崎八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

想

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

公

主祭神

応神天皇 おおじんてんのう

配祀神

田心姫命 たごりひめのみこと

配祀神

湍津姫命 たぎつひめのみこと

配祀神

市杵嶋姫命 いちきしまひめのみこと

配祀神

神功皇后 じんぐうこうごう

神社系統

この神社の主な系統は

「八幡系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

山崎八幡宮は山口県周南市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命、神功皇后の5柱をまつる。
社格は旧県社。
山崎八幡宮の起源は、和銅2年(709年)、富田河内の神室山に神が降臨し、これを奉斎したことに始まると伝えられている。また、豊前国の宇佐八幡宮から御分霊を勧請したとも伝わる。宝亀元年(770年)には現在の山崎の地へ遷座し、「江宮」と称した。
平安時代には真言宗の荘宮寺と神仏習合し、「庄寺八幡宮」と呼ばれた。大同元年(806年)には火災が発生し、社殿や宝物、古文書などが焼失した。さらに宝暦7年(1757年)にも火災に遭い、再び社殿や古文書類を失っている。
室町時代の天文8年(1539年)には、陶弘護や陶隆房、後の陶晴賢が神前へ扁額を寄進し、戦勝祈願を行った記録が残る。江戸時代には徳山藩主の祈願所となり、歴代藩主が社参した。『防長寺社由来』には、富田一二畑の惣鎮守であり、西国七社明神であったことが記されている。
元治元年(1864年)、社名は山崎八幡宮へ改められた。明治9年(1876年)には現在の社殿が再建された。
江戸時代の秋祭では神事能楽が奉納された記録があり、その後、藩主によって大小3基の山車が奉納された。この山車神事は、現在まで続く本山神事へ受け継がれている。
山崎八幡宮の本山神事は、平成22年(2010年)5月18日に山口県指定無形民俗文化財となった。起源は元禄15年(1702年)、徳山藩主・毛利元次が五穀豊穣を祈願し、馬場を新設するとともに、本山・爺山・婆山を奉納したことに始まる。
本山神事では、本山、爺山、婆山の3台の山車が組み立てられる。山車は釘を使用せず、ほぞとほぞ穴を組み合わせ、カズラで結び上げる構造となっている。本山には御神松が取り付けられ、神主役、幣振り、横笛、太鼓役などが乗り込む。神事では山車を神社前の坂へ引き上げ、その後一気に落とし、転がった方向によって豊凶を占う。
秋季例大祭は毎年9月第4土曜日・日曜日に行われ、多くの参拝者が訪れている。
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出典
公式サイト
http://yamasakihatiman.com/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/