鶴羽根神社 - 神社ファン

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鶴羽根神社

つるはねじんじゃ

広島県広島市東区二葉の里2丁目5-11

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広島県広島市東区二葉の里2丁目5-11

鳥居

Hachigamine(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
鶴羽根神社には

「恋愛系」「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

家内安全 交通安全 厄除 開運 安産 合格 開拓 航海 漁業守護 縁結 子授 安産 商売繁盛 長寿 芸事上達 国家安泰 子孫繁栄 五穀豊穣 土木建設関係守護 病気平癒 合格

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「八幡系」 「不明(柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鶴羽根神社は広島県広島市東区に鎮座する神社。御祭神は品蛇和気命、息長帯比売命、帯中津日子命、伊邪那伎命、伊邪那美命の5柱をまつる。
鶴羽根神社は、建久年間(1190年〜1199年)に源三位頼政の室・菖蒲ノ前の遺言を受け、元久年間(1204年〜1206年)に社殿を建立し、御祭神を勧請したことに始まると伝えられている。社殿修理料として椎木山、現在の二葉山が寄進されたことから、往時は椎木八幡宮と称した。鎌倉時代以降も社は存続し、室町時代、戦国時代、江戸時代を通じて兵乱などを経ながら信仰を集めた。文政5年(1822年)頃の記録には、広島城から東側、八丁堀以東一帯の氏神であったと記されている。さらに安永4年(1775年)には、門守二神を奉斎し、広島城東北の鎮護として祀られていた記録が残る。
天保4年(1834年)2月、隣接する明星院鎮國堂から出火し、社殿をはじめ境内建物が類焼した。同年4月には仮社殿が建てられたが、その後、藩主より同地に饒津神社を造営する命が出され、天保6年(1835年)4月に現在地へ遷座した。旧鎮座地は、現在の饒津神社一の鳥居と二の鳥居の間、西側付近にあったと伝わる。その後、浅野家からの造営資金の寄付と氏子による勧請によって再建が進められ、安政3年(1856年)に社殿が再建された。
明治元年(1868年)、神仏混淆御引分に伴い、浅野家12代当主・浅野長勲が社名を撰定し、背後の山並みが鶴の羽根を広げた姿に似ることから、鶴羽根八幡宮へ改称した。さらに明治5年(1872年)には鶴羽根神社へ改められた。昭和20年(1945年)の原爆投下では社殿一切が倒壊したものの焼失は免れ、その後、宮司と氏子によって再建が行われた。
現在の境内には、原爆の被害を受けながらも残った石鳥居、石ノ太鼓橋、手水舎、唐獅子、石燈籠などが残されている。境内祭事としては、1月1日の歳旦祭、1月14日の古神札焼納祭、2月3日の節分祭、4月29日の春季大祭、7月下旬の夏季大祭、10月29日の秋季大祭、12月31日の歳晩祭などが執り行われる。また、境内社である椎木稲荷神社では、3月13日に祭礼が行われている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
https://www.tsuruhanejinja-hiroshima.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B6%B4%E7%BE%BD%E6%A0%B9%E7%A5%9E%E7%A4%BE