嚴島神社 広島県尾道市向島町 - 神社ファン

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嚴島神社

いつくしまじんじゃ

広島県尾道市向島町5525番地

広島県尾道市向島町5525番地

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 家庭
嚴島神社には

「仕事系」「安全系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

船舶の守り神 造船 魚業 交通安全 商売繁盛 家内安全

御祭神

市伎島比売命 いちきしまひめのみこと
大綿津見命 おおわたつみのみこと
事代主命 ことしろぬしのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

宗像・厳島系

です。
他に 「ワタツミ系」 「えびす系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

嚴島神社は広島県尾道市に鎮座する神社。御祭神は市伎島比売命、大綿津見命、事代主命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
嚴島神社の由緒は、江戸時代初期の富浜古新田の開拓に始まる。安芸広島藩浅野家のお抱え豪商であった天満屋浄友が、尾道水道に面した富浜古新田の塩田開発を進め、延宝8年(1680年)、その守護神として向島明神島の現在地に社を建立した。
天満屋浄友は、浅野藩主に従って紀州和歌山から広島へ移った人物である。魚問屋や酒造業によって財を成し、藩に願い出て尾道水道沿いに天満屋新開地を築いた。新開地の開拓に携わった人々の慰霊と塩田守護のため、新開地東方の亀山に岩屋を掘り、その内部に社殿を設けたと伝わる。
天和3年(1683年)には新たな社殿が建立され、嚴島明神が勧請された。以後、社は富島大明神と称された。正徳4年(1714年)、当地で疫病が流行した際には、祈祷のため烏崎地区へ御神幸が行われた。この御神幸が、現在まで伝わる夏祭りや管弦祭の起源とされている。毎年6月17日には、烏崎への御神幸神事が続けられてきた。
明治維新後、社名は嚴島神社へ改められた。地域では「富浜の明神さん」「浜の宮」「富島明神社」などの名でも親しまれている。
境内には江戸時代以来の石造物が残されている。鳥居は江戸時代後期の建立とされ、文政11年(1828年)の注連石、文化3年(1806年)の常夜燈、天保6年(1835年)の手水鉢などが現存する。また、境内には富島浄友の墓があり、昭和59年(1984年)6月に尾道市重要史跡文化財へ指定された。
年間を通じて多くの祭事が行われており、歳旦祭、元始祭、節分祭、六月晦大祓、七夕棚機祭、秋祭り、十二月晦日大祓などが続けられている。例大祭は10月中旬から下旬の日曜日または祝日に執り行われる。
  • 村社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://www.itsukushima-onomichi.com
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/