八重山神社 雲南市 - 神社ファン

有名度

前頭

八重山神社

やえやまじんじゃ

島根県雲南市掛合町入間57番地

島根県雲南市掛合町入間57番地

本殿

K.T.unnan(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

子母津解之男神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「伊勢・神明系」 「熊野系」 「不明(1柱)」 「三島・大山祇系」 「年神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

八重山神社は島根県雲南市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那美命、天照大神、速玉之男神、子母津解之男神、神大市比売命、大山祇神、大歳御祖神の7柱をまつる。
社伝では、健速須佐之男命が簸の川で八岐大蛇を退治した後、八重山の岩窟に住む魔神鷲尾猛を降したと伝える。鷲尾猛は金鶏を使って暴威をふるったとされ、須佐之男命はその岩窟に伊邪那美命を鎮斎したと伝えられている。
永禄12年(1569年)、毛利元就が雲州へ攻め入った際、多賀山通定が赤名の瀬戸山城において、八重山神社を含む出雲の神社や寺院の由来を進講したとされる。江戸時代には松江藩主松平直政がこの社を尊信し、社殿修復の伝承が残る。その後、八重山神社は松江藩および広瀬藩の祈願社として崇敬された。
氏子を持たない神社であったため、天保2年(1831年)には牛馬市の興業を願い出たとされる。以後、牛馬の守護神として信仰を集めた。
現存する社殿は享保19年(1734年)に松江藩主によって再建されたものである。社殿は切り立った岩壁のくぼみに建てられ、長い石段の途中に門が設けられている。本殿右下には、魔神が住んでいたと伝えられる洞窟の入口が残る。
随身門に設置されている随神像と狛犬は、石見銀山の羅漢寺五百羅漢の作者とされる坪内平七郎利忠の作と伝えられる。例祭日は4月13日で、4月に春祭り、9月に秋祭りが行われる。
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神社詳細

摂末社・境内社

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/