有名度
前頭立虫神社
たちむしじんじゃ
島根県出雲市斐川町併川258番地
島根県出雲市斐川町併川258番地

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
- 家庭
立虫神社には
「仕事系」「安全系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
耕地開拓、治水繁栄 土木、建築、林業安全繁栄 五穀豊穣 家内安全
御祭神
五十猛命 いそたけるのみこと
大屋津姫命 おおやつひめのみこと
抓津姫命 つまつひめのみこと
配祀神
大穴牟遅神 おおなむちのみこと
配祀神
伊弉冉大神 いざなみのおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(3柱)」
です。他に 「出雲・オオナムチ系」
「不明(1柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
立虫神社は島根県出雲市に鎮座する神社。御祭神は五十猛命、大屋津姫命、抓津姫命、大穴牟遅神、伊弉冉大神の5柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝では、五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命の三柱が、父神である素戔嗚尊とともに斐伊川の源流にあたる仁多郡鳥上の峰に至り、木種を四方に播き植えながらこの地に至って鎮座したと伝えられている。
立虫神社は、もとは現在地の南西約800m、斐伊川の中洲に鎮座していた。寛文10年(1670年)、洪水による斐伊川の流路変更により、万九千社の境内に社殿を造営して遷宮した。さらに古くは、旧出雲郡河内郷、現在の仏経山西方にあたる斐伊川中洲付近に鎮座していたとされる。
現境内地に遷座したのち、「神立大明神」などと称された。大正9年(1920年)には旧千家村に鎮座していた客神社を合祀し、大穴牟遅神と伊弉冉大神をまつるようになった。以後、旧併川村の氏神・産土神として現在に至る。
本殿は平成26年(2014年)10月10日、昭和63年以来の修造を終えて正遷宮された。幣殿・拝殿は昭和48年以来45年ぶりに建て替えられ、平成30年(2018年)11月11日に竣功奉告祭が行われた。例祭日は9月28日である。
社格は旧村社。
社伝では、五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命の三柱が、父神である素戔嗚尊とともに斐伊川の源流にあたる仁多郡鳥上の峰に至り、木種を四方に播き植えながらこの地に至って鎮座したと伝えられている。
立虫神社は、もとは現在地の南西約800m、斐伊川の中洲に鎮座していた。寛文10年(1670年)、洪水による斐伊川の流路変更により、万九千社の境内に社殿を造営して遷宮した。さらに古くは、旧出雲郡河内郷、現在の仏経山西方にあたる斐伊川中洲付近に鎮座していたとされる。
現境内地に遷座したのち、「神立大明神」などと称された。大正9年(1920年)には旧千家村に鎮座していた客神社を合祀し、大穴牟遅神と伊弉冉大神をまつるようになった。以後、旧併川村の氏神・産土神として現在に至る。
本殿は平成26年(2014年)10月10日、昭和63年以来の修造を終えて正遷宮された。幣殿・拝殿は昭和48年以来45年ぶりに建て替えられ、平成30年(2018年)11月11日に竣功奉告祭が行われた。例祭日は9月28日である。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
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例祭
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文化財
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建築
情報募集
神紋
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出典
公式サイト
http://www.mankusenjinja.jp/our_historical#link02
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
http://www.mankusenjinja.jp/our_historical#link02
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
