有名度
前頭滝尻王子宮十郷神社
たきじりおうじぐうとうごうじんじゃ
和歌山県田辺市中辺路町栗栖川859番地
和歌山県田辺市中辺路町栗栖川859番地

KMR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
滝尻王子宮十郷神社以外にも 滝尻王子 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 仕事
滝尻王子宮十郷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。他に 「不明(4柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
滝尻王子宮十郷神社は和歌山県田辺市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、日子日能邇邇藝命、天忍穂耳命、天津日高日子穂々出見命、鵜葺草葺不合命の5柱をまつる。
社格は旧村社。
創建年代は確認できない。滝尻の地名は永保元年(1081年)10月2日の『為房卿記』に見え、天仁2年(1109年)10月23日の『中右記』には、滝尻王子がすでに成立していたことを示す記述がある。滝尻王子は富田川と石船川の合流地点に鎮座し、富田川はかつて岩田川と呼ばれた。熊野参詣の人々はこの川で水垢離を行い、滝尻王子に至ると王子社で奉幣し、川の流れに身を浸した。
承安4年(1174年)の『吉記』や、建仁元年(1201年)の藤原定家による「熊野道之間愚記」には、滝尻王子で里神楽や経供養が行われたことが記されている。正治2年(1200年)12月6日には、後鳥羽院の熊野参詣にともない滝尻王子で歌会が開かれた。このとき詠まれた歌を記した懐紙は熊野懐紙と呼ばれ、現存する熊野懐紙の一部がこの歌会に関わるものとされる。
承久3年(1221年)の承久の乱の後、都の皇族や貴紳による熊野参詣は衰退した。寛喜元年(1229年)の藤原経光の参詣記には、王子社の荒廃を伝える記述が見える。さらに室町時代ごろまでには参詣道が潮見峠越えへ移り、滝尻王子を経由しない道筋が用いられるようになった。
江戸時代の寛政4年(1792年)『田辺領神社書上帳』には、滝尻五体王子社としての社殿の存在が記録されている。明治元年(1868年)には滝尻王子神社と改称され、明治10年(1877年)6月に村社へ列した。明治40年(1907年)4月には神饌幣帛料供進社に指定され、明治41年(1908年)11月には栗栖川村内の11神社を合祀して十郷神社へ改称した。昭和21年(1946年)以降、現在の滝尻王子宮十郷神社の名称となっている。
本殿は流造である。例祭は11月3日に行われる。文化財としては、滝尻王子跡が国の史跡「熊野参詣道」の一部として平成12年(2000年)11月2日に指定されている。黒漆小太刀 中身銘有次は昭和47年(1972年)5月30日に国の重要文化財に指定されている。滝尻王子の宝篋印塔および皇太神像1躯は、昭和46年(1971年)7月26日に田辺市指定文化財となっている。
社格は旧村社。
創建年代は確認できない。滝尻の地名は永保元年(1081年)10月2日の『為房卿記』に見え、天仁2年(1109年)10月23日の『中右記』には、滝尻王子がすでに成立していたことを示す記述がある。滝尻王子は富田川と石船川の合流地点に鎮座し、富田川はかつて岩田川と呼ばれた。熊野参詣の人々はこの川で水垢離を行い、滝尻王子に至ると王子社で奉幣し、川の流れに身を浸した。
承安4年(1174年)の『吉記』や、建仁元年(1201年)の藤原定家による「熊野道之間愚記」には、滝尻王子で里神楽や経供養が行われたことが記されている。正治2年(1200年)12月6日には、後鳥羽院の熊野参詣にともない滝尻王子で歌会が開かれた。このとき詠まれた歌を記した懐紙は熊野懐紙と呼ばれ、現存する熊野懐紙の一部がこの歌会に関わるものとされる。
承久3年(1221年)の承久の乱の後、都の皇族や貴紳による熊野参詣は衰退した。寛喜元年(1229年)の藤原経光の参詣記には、王子社の荒廃を伝える記述が見える。さらに室町時代ごろまでには参詣道が潮見峠越えへ移り、滝尻王子を経由しない道筋が用いられるようになった。
江戸時代の寛政4年(1792年)『田辺領神社書上帳』には、滝尻五体王子社としての社殿の存在が記録されている。明治元年(1868年)には滝尻王子神社と改称され、明治10年(1877年)6月に村社へ列した。明治40年(1907年)4月には神饌幣帛料供進社に指定され、明治41年(1908年)11月には栗栖川村内の11神社を合祀して十郷神社へ改称した。昭和21年(1946年)以降、現在の滝尻王子宮十郷神社の名称となっている。
本殿は流造である。例祭は11月3日に行われる。文化財としては、滝尻王子跡が国の史跡「熊野参詣道」の一部として平成12年(2000年)11月2日に指定されている。黒漆小太刀 中身銘有次は昭和47年(1972年)5月30日に国の重要文化財に指定されている。滝尻王子の宝篋印塔および皇太神像1躯は、昭和46年(1971年)7月26日に田辺市指定文化財となっている。
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神社詳細
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%9D%E5%B0%BB%E7%8E%8B%E5%AD%90
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%9D%E5%B0%BB%E7%8E%8B%E5%AD%90
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/
