有名度
前頭上位名草神社
なぐさじんじゃ
兵庫県養父市八鹿町石原1755
兵庫県養父市八鹿町石原1755

hashi photo(wikipedia CC 表示 3.0)
かんたんご利益
御祭神
主祭神
名草彦命 なぐさひこのみこと
配祀神
日本武尊 やまとたけるのみこと
配祀神
天御中主神 あめのみなかぬしのかみ
配祀神
御祖神 みおやのかみ
配祀神
高皇産靈神 たかみむすびのかみ
配祀神
比売神 ひめのかみ
配祀神
神皇産霊神 かみむすびのかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。他に 「不明(5柱)」
「妙見信仰系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
名草神社は兵庫県養父市に鎮座する神社。御祭神は名草彦命、日本武尊、天御中主神、御祖神、高皇産靈神、比売神、神皇産霊神の7柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
社伝によれば、名草神社の創建は敏達天皇14年(585)である。紀伊国名草から当地へ来た養父郡司の高野直夫幡彦が、悪疫に苦しむ人々のため、祖神の名草彦命をはじめとする諸神を祀ったことに始まると伝える。
その後、真言宗の帝釈寺が別当となり、7座の祭神を北辰七星になぞらえて妙見宮と称した。加持祈祷が行われ、中世から近世にかけて但馬地方を中心に参詣者を集めた。
天正年間(1573~1593)には豊臣秀吉によって社領を没収された。江戸時代には徳川将軍から朱印領30石が寄進され、明治維新まで出石藩主仙石氏と村岡藩主山名氏の祈願所となり、摂家の一條家からも代参が行われた。
寛文5年(1665)、出雲大社から三重塔が移築された。三重塔は大永7年(1527)に出雲大社で建立された建物で、寛文年間の出雲大社造営に際して妙見山から本殿用材となる妙見杉が提供され、その後に譲られた。塔は出雲で解体され、日本海を船で運ばれて但馬の津居山港に着き、妙見山へ運ばれて同年9月に完成した。
元禄元年(1688)には拝殿の改築が始まり、元禄2年(1689)に完成した。寛延4年(1751)には本殿の修造が行われ、宝暦2年(1752)から改築が進められ、宝暦4年(1754)に現在の本殿が完成した。建築資金は妙見社の御師が但馬、因幡、播磨、美作、丹後、丹波などを巡って寄付を募った。
明治維新後の神仏分離を経て、明治6年(1873)に妙見社から名草神社へ改称し、村社に列した。大正11年(1922)には県社へ昇格した。
境内には国の重要文化財に指定された本殿、拝殿、三重塔がある。本殿は宝暦4年(1754)完成の入母屋造・杮葺で、桁行9間、梁間5間である。正面に千鳥破風と唐破風を設け、向拝周辺には龍や獅子、中国の仙人などの彫刻が施されている。
拝殿は元禄2年(1689)の建立で、中央を通路とする割拝殿形式を採り、入母屋造・杮葺、石垣上から床を張り出す懸造となっている。本殿と拝殿は平成22年(2010)6月29日に国の重要文化財に指定された。
三重塔は明治37年(1904)に国の重要文化財に指定された。昭和59年(1984)の大雪で屋根が損傷し、昭和62年(1987)に修理が完成した。例祭は7月18日に行われる。
社格は式内社であり、旧県社。
社伝によれば、名草神社の創建は敏達天皇14年(585)である。紀伊国名草から当地へ来た養父郡司の高野直夫幡彦が、悪疫に苦しむ人々のため、祖神の名草彦命をはじめとする諸神を祀ったことに始まると伝える。
その後、真言宗の帝釈寺が別当となり、7座の祭神を北辰七星になぞらえて妙見宮と称した。加持祈祷が行われ、中世から近世にかけて但馬地方を中心に参詣者を集めた。
天正年間(1573~1593)には豊臣秀吉によって社領を没収された。江戸時代には徳川将軍から朱印領30石が寄進され、明治維新まで出石藩主仙石氏と村岡藩主山名氏の祈願所となり、摂家の一條家からも代参が行われた。
寛文5年(1665)、出雲大社から三重塔が移築された。三重塔は大永7年(1527)に出雲大社で建立された建物で、寛文年間の出雲大社造営に際して妙見山から本殿用材となる妙見杉が提供され、その後に譲られた。塔は出雲で解体され、日本海を船で運ばれて但馬の津居山港に着き、妙見山へ運ばれて同年9月に完成した。
元禄元年(1688)には拝殿の改築が始まり、元禄2年(1689)に完成した。寛延4年(1751)には本殿の修造が行われ、宝暦2年(1752)から改築が進められ、宝暦4年(1754)に現在の本殿が完成した。建築資金は妙見社の御師が但馬、因幡、播磨、美作、丹後、丹波などを巡って寄付を募った。
明治維新後の神仏分離を経て、明治6年(1873)に妙見社から名草神社へ改称し、村社に列した。大正11年(1922)には県社へ昇格した。
境内には国の重要文化財に指定された本殿、拝殿、三重塔がある。本殿は宝暦4年(1754)完成の入母屋造・杮葺で、桁行9間、梁間5間である。正面に千鳥破風と唐破風を設け、向拝周辺には龍や獅子、中国の仙人などの彫刻が施されている。
拝殿は元禄2年(1689)の建立で、中央を通路とする割拝殿形式を採り、入母屋造・杮葺、石垣上から床を張り出す懸造となっている。本殿と拝殿は平成22年(2010)6月29日に国の重要文化財に指定された。
三重塔は明治37年(1904)に国の重要文化財に指定された。昭和59年(1984)の大雪で屋根が損傷し、昭和62年(1987)に修理が完成した。例祭は7月18日に行われる。
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%8D%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%8D%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/
