英賀神社 - 神社ファン

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英賀神社

あがじんじゃ

兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町2丁目70

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兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町2丁目70

拝殿

Chacmool(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 厄除
  • 家庭
英賀神社には

「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

夫婦和合 創業 経営 学業成就 厄除 商売繁盛 家内安全

御祭神

英賀彦神 あがひこのかみ
英賀姫神 あがひめのかみ
天満天神(菅原道真公) てんまてんじん(すがわらみちざねこう)
八幡大神(誉田別尊) はちまんおおかみ(ほんだわけのみこと)
春日大神(天児屋根尊) かすがおおかみ(あめのこやねのみこと)

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「天満・天神系」 「春日系」 「八幡系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

英賀神社は兵庫県姫路市に鎮座する神社。御祭神は英賀彦神、英賀姫神、天満天神(菅原道真公)、八幡大神(誉田別尊)、春日大神(天児屋根尊)の5柱をまつる。
社格は国史見在社であり、旧県社。
英賀彦神と英賀姫神は、『播磨国風土記』に伊和大神の子である阿賀比古・阿賀比売として記されている。同書には、両神がこの地にいたため、神名によって「英賀」の里名が付けられたとある。英賀神社では創建を神代と伝える。
元慶5年(881)、英賀彦神と英賀姫神は正六位上から従五位下へ進められたことが『日本三代実録』に記されている。播磨国の神々を記した国内神名帳にも、英賀彦明神と英賀姫明神の名が残る。
室町時代に入ると、三木右馬頭越智通近が英賀城主となった。通近は英賀城を整備し、崇敬していた天満宮を太子の黒岡山から勧請した。嘉吉3年(1443)9月18日には菅原道真公を奉遷し、英賀天満宮と称した。兵庫県の資料では、嘉吉元年(1441)に三木通近が黒岡山の天満宮を移し、別所八幡を合祀したとされる。
文明年間(1469~1487)頃には、海中から引き揚げられ、置塩城へ送られていた梵鐘を英賀城主が譲り受け、英賀神社へ奉納したと伝えられる。
天正8年(1580)2月、羽柴秀吉による播磨攻略で英賀城が落城し、英賀神社も戦火によって社殿を焼失した。その後、氏子によって社殿が復興された。境内北側には英賀城の土塁跡が残り、昭和13年(1938)から始まった周辺の区画整理後も保存されている。明治維新後の近代社格制度では県社に列した。
英賀神社に伝わる梵鐘は鎌倉時代の作で、鋳出銘には元亨元年(1321)と正中2年(1325)の紀年が残る。昭和39年(1964)1月28日に国の重要文化財に指定された。
兵庫県指定文化財には「天神縁起絵巻」の明徳本と永正本がある。明徳本は3巻からなり、上巻に明徳2年(1391)、下巻に応永2年(1395)の年紀がある。永正本は永正4年(1507)7月に美作国小吉野庄真壁村で制作された。両者は昭和35年(1960)3月31日に兵庫県指定文化財となった。
秋季例大祭は毎年10月17日・18日に行われる。氏子町から大小18台の屋台と2台の檀尻が出され、高床式の拝殿内で屋台を練る「拝殿練り」が行われる。また、2町による獅子舞が奉納され、横木のない2本の大竹を用いた梯子の上で獅子が舞う。
  • 県社
  • 国史見在社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://www.agajinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/