建水分神社 - 神社ファン

有名度

前頭

建水分神社

たけみくまりじんじゃ

大阪府南河内郡千早赤阪村水分357

大阪府南河内郡千早赤阪村水分357

階段と拝殿

KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

建水分神社以外にも 水分神社 上水分社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
建水分神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 子授け・子守り 豊水祈願 祈雨 止雨 治水

御祭神

中殿

天御中主神 あめのみなかぬしのかみ

左殿・右室

天水分神 あめのみくまりのかみ

右殿・左室

国水分神 くにのみくまりのかみ

左殿・左室

罔象女神 みつはのめのかみ

右殿・右室

瀬織津媛神 せおりつひめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(2柱)」 「水分系」 「ミヅハノメ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

建水分神社は大阪府南河内郡千早赤阪村に鎮座する神社。御祭神は天御中主神、天水分神、国水分神、罔象女神、瀬織津媛神の5柱をまつる。
社格は式内社であり、旧府社。
創建は崇神天皇5年と伝えられ、諸国が飢えた際に池や溝を築いて農耕を勧め、その過程で金剛山麓に水の神を祀ったことに始まるとされる。水を分かち与える神を祀る信仰が、地域の農耕と結び付いて受け継がれてきた神社である。
当初は現在地の北約100mに位置する水越川のほとりに鎮座していたが、楠木正成が後醍醐天皇方として赤坂城・千早城の戦いに臨んだ際の兵火により荒廃したと伝えられる。その後、建武元年(1334年)に後醍醐天皇の勅命を受けた楠木正成によって現在地に遷座し、本殿・拝殿・鐘楼などが再建された。延元2年(1337年)4月27日には正一位の神階を授けられ、境内には楠木正成を祀る南木神社が設けられた。さらに延元5年/暦応3年(1340年)には楠木正行奉納の扁額が伝えられている。
近代に入ると、明治6年(1873年)に郷社に列し、明治40年(1907年)には神饌幣帛料供進社に指定された。また氏子地域の17社を合祀したのち、大正2年(1913年)に府社へ昇格している。
社殿では、本殿3棟が重要文化財に指定されている。中殿は一間社春日造、左右両殿は二間社流造で構成され、渡廊で結ばれる独特の形式は水分造と呼ばれる。これらの本殿は室町中期の建築で、1900年(明治33年)に特別保護建造物に指定され、1950年(昭和25年)に重要文化財となった。
境内には元禄3年(1690年)造立の大鳥居、万延元年(1860年)造立の狛犬、鐘楼などが残る。摂社の南木神社の本殿・幣殿・拝殿・築地塀や旧宝物庫は国登録有形文化財に登録され、延元5年の扁額や木造狛犬群も伝えられている。例祭は4月25日の春祭と10月第3土曜日の秋祭で、秋祭では御旅所に地車が集まり、地域の伝統行事が継承されている。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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文化財

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建築

本殿 水分造

神紋

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出典
公式サイト
http://www.takemikumari.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E6%B0%B4%E5%88%86%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/