瀬織津姫 神社の神様 - 神社ファン

瀬織津姫

せおりつひめ

  • 神話・伝説
  • 女神・女性
瀬織津姫

Inabanoshirousagi(CC BY-SA 3.0)

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瀬織津姫とは?

瀬織津姫は神道の大祓詞などに登場する女神である。瀬織津比咩、瀬織津比売、瀬織津媛などとも表記される。罪や穢れを祓い清める祓戸四神の一柱であり、祓戸四神のなかでも祓いの最初の段階を担う神として知られている。
大祓詞では、高山や低山から流れ落ちる急流の瀬にいる瀬織津比売という神が、人々の罪や穢れを大海原へと運び去るとされる。その後、速開都比売がこれを呑み込み、気吹戸主が根の国・底の国へ吹き放ち、速佐須良比売がさすらって失わせることで祓いが完成する。瀬織津姫は、この一連の祓いの最初に罪や穢れを水の流れによって運び去る役割を担っている。
こうした神格から、瀬織津姫は祓いの神であると同時に、川や水の流れを司る水神としても信仰されてきた。後世には龍神と結びつける説や、水と深い関係を持つ弁財天と同一視する信仰もみられる。ただし、大祓詞そのものが瀬織津姫を龍神や弁財天としているわけではなく、これらは後世に成立した信仰や解釈である。
祇園祭の鈴鹿山では、伊勢国鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現を瀬織津姫命として祀っている。御神体は能面をつけ、金の烏帽子をかぶり、大長刀と中啓を持つ女人の姿で表される。大祓詞に登場する祓戸神としての瀬織津姫とは異なる伝承が重なり、悪鬼を退治する神として信仰された例である。
一方、後世の神道書である倭姫命世記などでは、瀬織津姫を天照大御神の荒御魂と結びつける説がみられる。伊勢神宮の内宮別宮・荒祭宮では天照大御神荒御魂が祀られており、瀬織津姫をその神名または同一神とする説が後世に伝えられてきた。また廣田神社(兵庫県西宮市)では天照大御神荒御魂を祀り、その御神名を撞賢木厳之御魂天疎向津媛命《つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと》としている。瀬織津姫をこれらの神と結びつける説もあるが、古典上で同一神と明記されているわけではない。
瀬織津姫は古事記・日本書紀の神話には登場せず、その神格には後世のさまざまな信仰や解釈が重なっている。大祓詞における本来の神格は、人々の罪や穢れを川から大海原へ運び去る祓いの神であり、そこから水神としての信仰が発展し、さらに鈴鹿権現、弁財天、天照大御神荒御魂などと結びつける説が生まれたと考えられている。瀬織津姫には厄除け、災厄除け、禊祓、海上安全、縁結びなどのご利益があるとされる。
瀬織津姫は宇奈己呂和気神社(福島県郡山市)など、全国各地の神社で祀られている。

エピソード

大祓詞で罪穢れを川から海へ運ぶ女神
瀬織津姫は、『延喜式』巻八に収められた「六月晦大祓」に登場する。現在、大祓詞《おおはらえことば》と呼ばれる祝詞のもとになったもので、人々が犯した罪や身につけた穢れが、どのように祓われ、消えていくのかを壮大な自然の働きに重ねて語っている。
祝詞では、まず瀬織津姫が、高い山や低い山の頂から流れ落ちる急流の瀬に鎮まる。そして祓われた罪や穢れを、大海原へ運び出す。続いてハヤアキツヒメが海でそれらを飲み込み、気吹戸主が根の国・底の国へ吹き放ち、最後に速佐須良比咩がさすらわせて失わせる。四柱は祓戸大神《はらえどのおおかみ》と総称され、瀬織津姫はその働きを最初に引き受ける神である。
ここでいう祓いは、罪や穢れをその場から消し去るだけの行為ではない。川、海、風、根の国という異なる領域を経て、共同体から遠ざけていく一連の働きとして表されている。瀬織津姫が川の神として信仰されるのは、清らかな水そのものだけでなく、滞ったものを押し流し、次の段階へ受け渡す流れの力を体現しているためである。
現在も多くの神社では、六月の夏越の大祓と十二月の年越の大祓に大祓詞が奏上される。瀬織津姫の名と働きは、記紀神話ではなく、今も続く祓いの祭祀を通して受け継がれているのである。

出典・参考:『延喜式』巻八「六月晦大祓」、神社本庁公式サイト「大祓」、小國神社公式サイト「大祓 その歴史と伝統」



天下の祓所に祀られた瀬織津姫
滋賀県大津市の佐久奈度神社は、瀬織津姫をはじめとする祓戸四神を祀る神社である。社伝では、天智天皇八年(669)、天皇の勅願を受けた中臣朝臣金連がこの地に祓所を設け、祓戸大神を奉斎したことを創祀としている。
神社が鎮座するのは、琵琶湖から流れ出た瀬田川が山間へ入る場所である。かつて八張口《はりぐち》、桜谷と呼ばれたこの地は、朝廷が祓いを行った大七瀬の一つとされ、「天下の祓所」として知られた。勢いのある川の流れに罪や穢れを託して下流へ送り出す場所は、大祓詞で急流の瀬に鎮まり、罪穢れを大海原へ運ぶ瀬織津姫の働きにふさわしい土地であった。
佐久奈度という社名についても、罪や穢れが清められ、人々が清らかな状態へ立ち返る場所であることを示すものと考えられている。祓いは単に災いを避けるための儀礼ではなく、乱れた状態を整え、再び日々の生活へ踏み出すための節目でもある。
瀬織津姫は単独で働くのではなく、ハヤアキツヒメ、気吹戸主、速佐須良比咩とともに祓いを完成させる。その四柱を一体として祀る佐久奈度神社は、大祓詞に記された祓戸大神の働きを、川の流れと祭祀の双方から現在へ伝える神社である。

出典・参考:佐久奈度神社公式サイト「由緒」、滋賀県神社庁「佐久奈度神社」、『延喜式』巻八「六月晦大祓」



天照大御神の荒御魂と同一視された瀬織津姫
瀬織津姫は、中世に成立した神道書『倭姫命世記』において、伊勢神宮内宮の荒祭宮《あらまつりのみや》に祀られる神と結びつけられた。同書は、荒祭宮の天照大御神の荒御魂を禍津日神とし、さらに祓いの神である瀬織津姫と同一視している。
荒御魂《あらみたま》とは、神の格別に力強く活動的な働きを表す御魂である。伊勢神宮の荒祭宮は内宮第一の別宮で、延暦二十三年(804)の『皇太神宮儀式帳』や『延喜式』にも、大神宮の荒御魂を祀る宮として記されている。しかし、これらの古代資料には瀬織津姫の名は見えない。瀬織津姫との同一視は、中世神道の思想の中で成立した説として区別する必要がある。
祓いによって罪穢れを運び去る瀬織津姫と、禊によって穢れから成った禍津日神、そして強い神威を表す天照大御神の荒御魂が重ねられたことで、瀬織津姫は単なる川の神を超え、災いを祓い転じる強大な神として解釈されるようになった。
現在の伊勢神宮は、荒祭宮の祭神を天照大御神荒御魂としており、瀬織津姫の名では案内していない。したがって「荒祭宮には瀬織津姫が祀られている」と断定するのではなく、中世の神道書にそのような同一神説が見られる、と理解するのが適切である。

出典・参考:『倭姫命世記』、國學院大學 古典文化学事業「八十禍津日神」、伊勢神宮公式サイト「皇大神宮(内宮)別宮」



祇園祭で悪鬼を退治する鈴鹿権現となる
京都の祇園祭に登場する鈴鹿山では、瀬織津姫が鈴鹿権現《すずかごんげん》として祀られている。鈴鹿山は、伊勢国、現在の三重県にある鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を、女神が退治したという伝説を題材とする山である。
鈴鹿山の御神体人形は、金の烏帽子をかぶり、手に大長刀を持つ女人の姿で表される。川の急流に鎮まって罪穢れを運ぶ大祓詞の瀬織津姫とは大きく異なり、武器を手に悪鬼を討つ勇ましい姿である。祇園祭の山鉾巡行では、この御神体を載せた鈴鹿山が都大路を進み、災厄を除く神威を示す。
この伝承は『古事記』『日本書紀』や大祓詞に記されたものではなく、中世以降の鈴鹿山の説話や鈴鹿権現信仰の中で形づくられたものである。瀬織津姫が鈴鹿権現とされた明確な経緯は分かっていないが、罪穢れを押し流す祓いの力が、道をふさぐ悪鬼を退治し、災いを除く力へ展開したものとみることができる。
祓戸の女神が祭礼の中で武装した守護神となったことは、瀬織津姫の信仰が大祓詞の世界だけにとどまらなかったことを示している。京都の人々は鈴鹿山を通して、瀬織津姫を災厄を打ち払い、道中の安全を守る女神としても受け継いできたのである。

出典・参考:公益財団法人祇園祭山鉾連合会「鈴鹿山」、京都市観光協会「祇園祭」



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出典文献

延喜式

神格

清祓の神 河川の神

ご神徳

厄除け 海難防止 縁結び

別称・異称

瀬織津比咩

せおりつひめ

延喜式

瀬織津比売

せおりつひめ

その他

瀬織津姫命

せおりつひめのみこと

その他

瀬織津比女命

せおりつひめのみこと

その他

瀬織津毘売命

せおりつびめのみこと

その他

同一とされる神様

向津姫  

神様グループ

祓戸大神 

祀られている主な神社

小野神社
(東京都多摩市一ノ宮1-18-8)
大野湊神社
(石川県金沢市寺中町ハ163)
佐久奈度神社
(滋賀県大津市大石中1-2-1)
荒雄川神社
(宮城県大崎市岩出山池月字上宮宮下12番地 )
宇奈己呂和気神社
(福島県郡山市三穂田町八幡西屋敷76)