向津姫 神社の神様 - 神社ファン

向津姫

むかつひめ

  • 神話・伝説
  • 女神・女性

祭神ランキング262位

向津姫とは?

向津姫は日本書紀に登場する女神である。撞榊厳魂天疎向津姫、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命などとも表記される。
日本書紀では、仲哀天皇の崩御後、神功皇后が神の教えを知るため斎宮に入り、自ら神主となって神託を受けた場面に登場する。神功皇后が神々の名を尋ねると、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命と名乗る神が現れ、伊勢国の五十鈴宮にいる神であると告げた。続いて尾田の吾田節の淡郡にいる神、天事代於虚事代玉籤入彦厳之事代神、表筒男・中筒男・底筒男の住吉三神などが名乗っている。
日本書紀のこの記述自体には、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を天照大神の荒御魂と明記する記述はない。一方、廣田神社(兵庫県西宮市)では天照大御神荒御魂を主祭神として祀り、その御神名を撞賢木厳之御魂天疎向津媛命としている。このため、向津姫は天照大御神の荒御魂と深く結びつけられて信仰されてきた。
伊勢神宮内宮の第一別宮である荒祭宮には天照大御神荒御魂が祀られていることから、向津姫を荒祭宮の神と同一視する説も伝えられている。ただし、現在の伊勢神宮では荒祭宮の祭神を天照大御神荒御魂としており、向津姫の名を祭神名としているわけではない。
また後世の神道説では、向津姫を祓戸四神の一柱である瀬織津姫と同一神とする説もみられる。瀬織津姫は大祓詞に登場し、人々の罪や穢れを川から大海原へ運び去る祓いの神であるが、日本書紀には向津姫と瀬織津姫を同一神とする記述はない。向津姫、天照大御神荒御魂、瀬織津姫を結びつける考えは、後世に形成された神道説や信仰として捉える必要がある。
向津姫は神功皇后が受けた神託に現れる神であり、後世には天照大御神荒御魂と結びつけられ、強い神威を持つ神として信仰されてきた。向津姫には国土安泰、開運招福、勝運、災厄消除などのご利益があるとされる。
向津姫は廣田神社(兵庫県西宮市)、荒田神社(和歌山県岩出市)、天照皇大神(神奈川県川崎市)などで祀られている。

エピソード

七日七夜の神託で名を明かした五十鈴宮の神
『日本書紀』によれば、仲哀天皇は筑紫の橿日宮《かしひのみや》で神託を受けたが、その内容を信じなかったため、間もなく崩御した。皇后であった神功皇后は神の名と真意を確かめるため、罪穢れを祓い、小山田邑《おやまだのむら》に斎宮《いわいのみや》を設けた。
神功皇后は自ら神主となり、武内宿禰に琴を弾かせ、中臣烏賊津使主を審神者《さにわ》として神意を尋ねた。先に仲哀天皇へ神託を下したのは何という神なのかと問うと、七日七夜を経て、伊勢国、現在の三重県の度会県《わたらいのあがた》にある五十鈴宮に鎮まる神、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命であるとの答えがあった。
さらに神功皇后がほかにも神がいるのかと尋ねると、事代主神や、表筒男・中筒男・底筒男の住吉三神などの名も告げられた。皇后は神々の教えに従って祭祀を行い、その後の行動へ移ったと記されている。
向津姫は詳しい系譜や誕生を語られる神ではなく、この神託によって初めて明確な神名を示す。五十鈴宮に鎮まる強い霊威を持つ神として現れ、神功皇后の祭祀とその後の行動を支える神々の中心に位置づけられたのである。

出典・参考:『日本書紀』神功皇后摂政前紀、國學院大學デジタルミュージアム「住吉坐荒御魂神社」、国立国会図書館レファレンス協同データベース「ツキサカキについて知りたい」



神功皇后の帰還を止めて広田国へ鎮まる
『日本書紀』では、新羅から帰還した神功皇后の船が難波を目指したものの、海上を旋回して進めなくなったと記されている。皇后が務古水門《むこのみなと》へ戻り、神意を尋ねると、天照大神は自らの荒御魂を皇后の近くに置いてはならず、広田国に鎮めるよう告げた。
皇后は山背根子《やましろのねこ》の娘である葉山媛《はやまひめ》に命じ、天照大神の荒御魂を広田国に祀らせた。これが兵庫県西宮市に鎮座する廣田神社の創祀とされる。廣田神社では現在、主祭神を天照大御神之荒御魂とし、その御名を撞賢木厳之御魂天疎向津媛命としている。
向津姫の名が現れる仲哀天皇九年の神託と、天照大神の荒御魂を広田国へ祀った神功皇后摂政元年の記事は、『日本書紀』では別の場面である。前者は五十鈴宮に鎮まる神が自らの名を明かす場面であり、後者は天照大神の荒御魂が鎮座地を求める場面である。廣田神社の信仰では、この二つが結びつき、向津姫を天照大神の力強い荒御魂とする祭神理解が受け継がれてきた。
廣田神社は国土の鎮めと外難の守護を担う神社として崇敬され、向津姫には勝運、開運、災厄消除、先導開拓などの神徳が結びついた。西宮という地名も、都から見て西方に鎮座する廣田神社を「西の宮」と呼んだことに由来するとされている。

出典・参考:『日本書紀』神功皇后摂政元年二月条、廣田神社公式サイト「御祭神と御創祀」、國學院大學デジタルミュージアム「広田神社」、兵庫県立美術館ネットミュージアム兵庫文学館「日本書紀」



向津姫、天照大御神の荒御魂、瀬織津姫は同じ神か
向津姫は現在の廣田神社で天照大御神の荒御魂とされていることから、伊勢神宮内宮の荒祭宮《あらまつりのみや》に祀られる神と同じ神であると説明されることがある。荒御魂とは、一柱の神が示す格別に力強く活動的な御魂の働きである。
荒祭宮について、平安時代初期の『皇太神宮儀式帳』は大神宮の荒御魂宮と記し、『延喜式』も祭神を大神の荒魂としている。現在の伊勢神宮も祭神を天照大御神荒御魂としており、向津姫という神名は掲げていない。このため、荒祭宮に向津姫が祀られているという説明は、天照大御神の荒御魂を介した同一神説であり、古代の神宮資料に向津姫の名が記されているわけではない。
向津姫は瀬織津姫と同じ神であるともいわれる。瀬織津姫は大祓詞に登場する祓いの女神であり、『日本書紀』には登場しない。中世に成立した『倭姫命世記』では、荒祭宮の天照大御神荒御魂が禍津日神や瀬織津姫と同一視された。廣田神社で向津姫が天照大御神荒御魂とされることと、この中世神道説が結びつき、向津姫と瀬織津姫を同一とする説が生まれたと考えられる。
向津姫、天照大御神荒御魂、瀬織津姫の関係は、すべての神社や古典で統一されているわけではない。『日本書紀』、中世神道書、現在の各神社の祭神理解を区別することで、同一神説が形成された過程を理解できる。

出典・参考:『日本書紀』、『倭姫命世記』、廣田神社公式サイト「御祭神と御創祀」、伊勢神宮公式サイト「皇大神宮(内宮)別宮」、國學院大學 古典文化学事業「八十禍津日神」



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出典文献

日本書紀

ご神徳

ご神徳は不明です。

別称・異称

撞賢木厳之御魂天疎向津媛命

つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと

日本書紀

天佐迦留向津姫命

あまさかるむかつひめのみこと

その他

天疎向津姫命

あまさかるむかつひめのみこと

その他

天退向津姫命

あまさかるむかつひめのみこと

その他

天退向津比売命

あまさかるむかつひめのみこと

その他

撞賢木巌之御魂天疎向津姫命

つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひめのみこと

その他

撞賢木巌之御魂天疎向津毘売命

つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひめのみこと

その他

同一とされる神様

瀬織津姫  

関連する神様

天照大神 

祀られている主な神社

和布刈神社
(福岡県門司区大字門司3492)
廣田神社
(大阪府浪速区日本橋西2-4-14)
皇大神社
(山形県酒田市吉田新田字堰中瀬35)
皇大神社
(山形県庄内町常万字常岡43)
神明宮
(福島県伊達市保原町字宮下1)