六孫王神社 - 神社ファン

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六孫王神社

ろくそんのうじんじゃ

京都府京都市南区壬生通八条上る八条町509

京都府京都市南区壬生通八条上る八条町509

唐門

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 子供
六孫王神社には

「恋愛系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

御祭神

主祭神

六孫王 ろくそんのおう

相殿

天照皇大御神 あまてらすすめおおみかみ

相殿

八幡大神 はちまんおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「伊勢・神明系」 「八幡系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

六孫王神社は京都府京都市南区に鎮座する神社。御祭神は六孫王、天照皇大御神、八幡大神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。。
六孫王神社は、清和源氏の祖とされる源経基(六孫王)を祀り、源氏三神社の1つとされる神社である。
社伝によれば、境内は源経基の邸宅「八条亭」跡とされ、応和元年(961年)に経基が臨終の際、自身をこの地に葬るよう遺言したと伝えられる。応和3年(963年)9月、嫡子の源満仲が経基の墓所を築き、その前に社殿を造営したことが創建とされている。
経基没後もこの地は清和源氏発祥の地として伝領され、源頼政の時代には平清盛に譲られて邸宅の一部となったが、経基の墓と神祠は残された。平家没落後には源頼朝に与えられたと記される。鎌倉時代には、暗殺された源実朝の菩提を弔うため、その妻・本覚尼がこの地に遍照心院(大通寺)を建立し、六孫王神社は同寺の鎮守社とされたという。
その後、戦乱などにより社殿を失い、墓所のみが残ったとも伝えられ、近世の再興まで社勢は大きく変転した。元禄13年(1700年)より江戸幕府によって社殿の再興が進められ、宝永4年(1707年)に再建が完了した。
明治期には1873年(明治6年)に村社、1881年(明治14年)に郷社へ昇格し、神仏分離により大通寺と分離した。1911年(明治44年)には大通寺境内が鉄道用地となり、さらに1964年(昭和39年)には当社境内も東海道新幹線用地として買収され、境内は縮小している。
境内には本殿・拝殿・廻廊・唐門などが現存し、いずれも京都市指定有形文化財に指定される。建造は元禄14年(1701年)とされ、江戸前期の神社建築の様式を今に伝えている。
祭事では、宝永年間の社殿再建にちなむ例祭「宝永祭」を10月9日・10日に斎行するほか、4月第2日曜の源氏祭、6月13日の弁財天御開帳祭など、年間を通して源氏ゆかりの祭礼が続けられている。
  • 郷社
  • 源氏三神社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 五座神社
祭神不明
境内社 多田神社
祭神不明
境内社 貞純神社
祭神不明
境内社 竹生島神社
祭神不明
末社 誕生水弁財天社
弁財天
境内社 神竜社
祭神不明
境内社 稲荷社
睦弥稲荷神

例祭

元旦祭 1月1日
成人式 とんど祭 1月第2日曜日
節分祭 2月3日(4日)
祖霊祭 3月春分の日
源氏祭 4月第2日曜日
弁財天御開帳祭 6月13日
夏越の祓祭 6月30日
祖霊祭 9月秋分の日
宝永祭(例祭)神幸祭 10月体育の日
七五三詣 11月中
御火焚祭 11月第3日曜日
除夜祭 12月31日
家運隆盛 子孫繁栄祈願祭 育児健育祈願祭 毎月1日

文化財

六孫王神社 5棟(本殿、拝殿、唐門、回廊(2棟)、附摂社(3棟)、棟札(1枚)、普請関係史料(10点)
京都市 指定文化財
建造物 昭和61年6月2日指定

建築

本殿 切妻造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.rokunomiya.ecnet.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E5%AD%AB%E7%8E%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
京都市
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005493.html