苗村神社 蒲生郡竜王町 - 神社ファン

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苗村神社

なむらじんじゃ

滋賀県蒲生郡竜王町綾戸467

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滋賀県蒲生郡竜王町綾戸467

西本殿

Yusuke.ogawa(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
苗村神社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

開運招福 家内安全 厄除 工芸技術 産業 五穀豊穣 子授け 安産 交通安全 良縁

御祭神

公

主神

那牟羅彦神 なむらひこのかみ

主神

那牟羅姫神 なむらひめのかみ

主神

國狭槌尊 くにのさつちのみこと

相殿神

大國主神 おおくにぬしのかみ

相殿神

事代主神 ことしろぬしのかみ

相殿神

素盞鳴尊 すさのをのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「えびす系」 「祇園・須佐系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

苗村神社は滋賀県蒲生郡竜王町に鎮座する神社。御祭神は那牟羅彦神、那牟羅姫神、國狭槌尊、大國主神、事代主神、素盞鳴尊の6柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
創祀年代は明らかでない。社伝では、鎮座地一帯は『日本書紀』垂仁天皇紀の天日槍に関する記事に見える「吾名邑」にあたり、のちに那牟羅と称したと伝える。その後、同音の「長寸」の文字を用いて長寸神社と称した。
安和2年(969)3月28日、国狭槌尊を大和国金峯山から勧請した。寛仁元年(1017)には長寸郷から朝廷へ門松用の松苗を献上し、後一条天皇から苗村の称号を賜って苗村神社と改称したと社蔵文書に伝わる。
鎌倉時代には社殿の造営が行われた。西本殿の棟札には建保5年(1217)に修造されたことが記され、徳治3年(1308)に再建された。現在の西本殿はこのときの建物である。
室町時代には東本殿、境内社八幡社本殿、十禅師社本殿が建立され、大永2年(1522)には現在の楼門が建立された。
天文5年(1536)3月22日、後奈良天皇から正一位の神位を受け、同年4月には勅使下向に関する制札が出された。神主盛継には修理太夫任官の口宣が下され、5月9日に「正一位苗村大明神」の勅額を受けた。5月12日には関白近衛植家、太政大臣三条実香ら30人の公卿が法楽和歌を寄せ、5月19日に神前へ奉納された。
その後、織田信長から馬鞍1具と太刀7振が寄進された。慶長4年(1599)には、それまで毎年9月5日に行われていた大祭を、氏子地域の33カ村に合わせて33年ごとの式年大祭とした。明治19年(1886)には、新暦10月12日前後の3日間を式年大祭の日程と定めた。
西本殿は徳治3年(1308)建立の三間社流造、向拝1間、檜皮葺で、明治35年(1902)に当時の古社寺保存法による特別保護建造物に指定され、昭和30年(1955)に国宝に指定された。東本殿は一間社流造、檜皮葺で、国の重要文化財に指定されている。
大永2年(1522)建立の楼門は三間一戸楼門、入母屋造、茅葺である。境内社の八幡社本殿と十禅師社本殿、神輿庫とともに国の重要文化財に指定されている。
三十三年式年大祭では、氏子地域の各氏神を御榊に遷して苗村神社へ迎え、山車、祭囃子、踊り、甲冑姿の行列などが奉納される。平成26年(2014)の式年大祭は3日間にわたって行われ、5基の山車や踊り子らによる行列、御旅所への渡御、稚児による献花が行われた。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

西本殿 三間社流造
東本殿 一間社流造

神紋

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出典
公式サイト
https://namurajinjya.ryuoh.org/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%97%E6%9D%91%E7%A5%9E%E7%A4%BE
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/