鵜森神社 三重県 - 神社ファン

有名度

前頭

鵜森神社

うのもりじんじゃ

三重県四日市市鵜の森1-13-6

三重県四日市市鵜の森1-13-6

拝殿

z tanuki(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 厄除
鵜森神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣 災難除け 疫病除け 受験合格 学問成就

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系」 「祇園・須佐系」 「天満・天神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鵜森神社は三重県四日市市に鎮座する神社。御祭神は天照大御神、建速須佐之男命、菅原道眞の3柱をまつる。
由緒の核心は、鵜森神社が所在する浜田城の歴史と深く結びついている点にある。天正3年(1575年)6月6日、浜田城主田原遠江守元綱は瀧川一益との戦いに敗れ、浜田城は落城した。その後の戦乱の推移のなかで田原家は滅亡に至り、城もやがて完全に廃城となったとされる。この城跡において、旧臣らが主家の霊を慰めるために祠を建立し、慶長年間以後万治年間以前(1596年~1658年)の間に鵜森大明神を創立したと伝えられている。このとき、田原氏の遠祖である藤原秀郷と、初代城主忠秀以下の歴代城主の霊が祀られたという。その後、天保8年(1837年)には別社として御霊社が創建され、忠秀以下4代の霊があらためて祀られた。一方、鵜森大明神には天照大御神と建速須佐之男命が祀られ、明治期まで信仰が継承された。明治42年(1909年)には神社合祀令により、菅原神社・御霊社・鵜森大明神が合祀され、社名を現在の「鵜森神社」と改めている。近代以降も社殿整備は続き、平成2年(1990年)に本殿・拝殿が再建され、平成4年(1992年)に社務所、平成7年(1995年)には田原稲荷が再建された。浜田城跡という歴史的背景の上に、時代ごとの再建を重ねてきた点は、鵜森神社の由緒を特徴づけている。
社宝として知られるのが十六間四方白星兜鉢で、国指定重要文化財(工芸品)に昭和30年2月2日(1955年2月2日)付で指定されている。
年中行事としては、1月1日の歳旦祭、1月15日のどんどやき、3月16日の祈年祭(御鍬祭)、8月16日の御霊社例祭、10月第2日曜日の秋季大祭(甘酒まつり・浜田舞獅子奉納)、11月23日の新嘗祭などが行われており、城主一門の慰霊と五穀豊穣への祈りが、四日市の年中行事として今も息づいている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www2.cty-net.ne.jp/~unomori-j/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B5%9C%E6%A3%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/