富部神社 - 神社ファン

有名度

前頭

富部神社

とべじんじゃ

愛知県名古屋市南区呼続町7-10

愛知県名古屋市南区呼続町7-10

拝殿

Bariston(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

富部神社以外にも 戸部天王 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
富部神社には

「恋愛系」「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除け開運 病気平癒 縁結び 商売繁盛

御祭神

素戔嗚尊 すさのおのみこと

相殿

田心姫命 たごりひめのみこと

相殿

湍津姫命 たぎつひめのみこと

相殿

市杵島姫命 いちきしまひめのみこと

相殿

菊理媛神 くくりひめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
他に 「宗像・厳島系」 「白山系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

富部神社は愛知県名古屋市南区に鎮座する神社。御祭神は素戔嗚尊、田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命、菊理媛神の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
富部神社の創建は慶長8年(1603年)で、津島神社からの勧請を起点とする。慶長11年(1606年)には、清洲城主であった松平忠吉が病気平癒を祈願し、その快復を契機として本殿以下の社殿群が寄進・整備されたと伝えられている。江戸時代を通じては尾張藩の厚い崇敬を受け、毎年百石の寄進が行われたほか、社殿の営繕についても藩主によって担われてきた経緯がある。こうした背景から、富部神社は藩政期において地域信仰の中核をなす神社として位置づけられていた。創建以来の呼称には変遷があり、「富部蛇毒神天王」や「蛇毒神社」などと称されていた時期があったが、明治期以降の神仏分離や制度改編を経て、現在の「富部神社」という社名が定着している。
社殿のうち、本殿は桃山建築の様式を伝える貴重な遺構として国の重要文化財に指定されており、名古屋市内の神社建築の中でも特筆される存在である。あわせて、祭文殿および廻廊、さらに享保12年(1727年)に作られた山車である高砂車が名古屋市指定有形文化財に指定されている。高砂車は例祭の時期に公開され、神社の歴史と祭礼文化を現代に伝えている。
年間の祭事としては、2月の祈年祭、4月の観桜祭、8月の七夕祭、9月の観月祭における雅楽奉納、そして10月の例祭などが執り行われており、社殿と芸能、祭礼が一体となった場として、地域の時間と信仰を今に刻み続けている。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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文化財

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建築

本殿 一間社流造

神紋

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出典
公式サイト
http://www.tobe-shrine.org/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E9%83%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE