安弘見神社 - 神社ファン

有名度

前頭

安弘見神社

あびろみじんじゃ

岐阜県中津川市蛭川中切1033番地の1

岐阜県中津川市蛭川中切1033番地の1

拝殿

Opqr(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

安弘見神社以外にも 牛頭天王社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
安弘見神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

主祭神

建速須佐之男命 たけはやすさのおのみこと

配祀神

志那津彦命 しなつひこのみこと

配祀神

志那津姫神 しなつひめのかみ

配祀神

宇迦之御魂神 うかのみたまのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
他に 「不明(1柱)」 「稲荷系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

安弘見神社は岐阜県中津川市に鎮座する神社。御祭神は建速須佐之男命、志那津彦命、志那津姫神、宇迦之御魂神の4柱をまつる。
社格は旧村社。
伝承によれば、安弘見神社は、もとは奥野田の地に京都・祇園社の神霊を勧請したことに始まるとされる。正長元年(1428年)には、南朝方に連なる和田氏の系譜を引く和田政通の十回忌供養に際して社が営まれ、以後は和田一族の霊を祀る性格もあわせ持つようになったと伝えられている。
近世に入ると、慶長19年(1614年)12月の棟札が伝わり、当時は「八龍権現」と称されていたことが確認できる。この呼称は神仏習合のもとで広まった祇園信仰と深く結びつき、幕末に至るまで牛頭天王を中心とする信仰のかたちで尊崇されてきた。
明治元年(1868年)の神仏分離により、社名は安弘見神社と改められ、祭神も建速須佐之男命を主とする構成へと整理された。境内にあった薬師堂(瑠璃光堂)は廃仏毀釈の影響によって失われ、由緒をたどる資料にも空白が生じたが、一方で踊りや獅子舞といった奉納芸能は、地域の人びとの手によって継承されてきたとされる。
明治期以降も社殿の改築や境内整備が重ねられ、明治29年(1896年)には石造の大鳥居が完成した。さらに昭和期にも社務所の改築などが行われ、山里の鎮守としての姿が整えられていった。
祭礼は「4月16日に近い日曜日」とされ、この日に奉納される「蛭川の杵振踊」は岐阜県指定の無形民俗文化財である。鬼や天狗、おかめ、ひょっとこといった面をつけた一行が加わり、杵を手に舞う踊りが展開される点に特徴があり、色彩豊かな装束と所作によって、山里の春を寿ぐ伝統行事として今日まで受け継がれている。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

境内社 天神社
祭神不明
境内社 出雲神社
祭神不明
境内社 天照皇神社
祭神不明

例祭

例祭 4月16日に近い日曜日

文化財

蛭川の杵振踊
岐阜県 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和31年7月12日指定

建築

本殿 一間社神明造

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%BC%98%E8%A6%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岐阜県
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/13288.html
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/