有名度
前頭冨士山小御嶽神社
ふじさんこみたけじんじゃ
山梨県富士吉田市上吉田小御嶽下5617(里宮上吉田4202)
山梨県富士吉田市上吉田小御嶽下5617(里宮上吉田4202)

あばさー (wikipedia パブリック・ドメイン)
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 安全
- 家庭
冨士山小御嶽神社には
「恋愛系」「健康系」「安全系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
庁
家運隆昌 交通安全 延命長寿 縁結び
御祭神
磐長姫命 いわながひめのみこと
桜大刀自命 さくらおおとじのみこと
苔虫命 こけむしのみこと
神社系統
この神社の主な系統はです。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
冨士山小御嶽神社は山梨県富士吉田市に鎮座する神社。御祭神は磐長姫命、桜大刀自命、苔虫命の3柱をまつる。
歴史は平安時代中期の承平7年(937年)にさかのぼり、古富士とともに噴火を繰り返して現在の富士山の土台となった小御岳山の山頂に創建されたことに始まる。後花園天皇の時代である康正2年(1465年)には社殿が造営され、近世以降は富士講など富士信仰の高まりとともに、冨士山小御嶽石尊大権現として多くの行者が参籠する霊場となった。明治7年(1874年)には失火により社殿をはじめ建物を焼失するが、明治9年(1876年)に再建され、昭和50年(1975年)には信仰者らの寄進によって現在の神明造風の社殿が完成している。こうした再建と整備の積み重ねが、時代ごとに変わる登山道や山岳信仰のかたちを映し出しているといえる。古来、富士登山者にとって冨士山小御嶽神社は、お中道巡りや山頂登拝へ向かう行程の拠点であり、山中に入る前に身を清め、道中安全を祈る場所であった。小御岳そのものが富士山より古い山とされることから、ここは富士山信仰の原点に近い場所ともいわれ、現代でも吉田ルート五合目に到着した登山者が、まず安全祈願のために立ち寄る習わしが続いている。五合目一帯は「天狗の庭」と呼ばれ、かつてこの地を支配していたと伝わる小御嶽太郎坊正真という天狗が道開きの神として祀られており、山岳修行の霊場としての性格と、道中を切り開く守護神信仰が濃厚に重なり合っている点も特色である。
歴史は平安時代中期の承平7年(937年)にさかのぼり、古富士とともに噴火を繰り返して現在の富士山の土台となった小御岳山の山頂に創建されたことに始まる。後花園天皇の時代である康正2年(1465年)には社殿が造営され、近世以降は富士講など富士信仰の高まりとともに、冨士山小御嶽石尊大権現として多くの行者が参籠する霊場となった。明治7年(1874年)には失火により社殿をはじめ建物を焼失するが、明治9年(1876年)に再建され、昭和50年(1975年)には信仰者らの寄進によって現在の神明造風の社殿が完成している。こうした再建と整備の積み重ねが、時代ごとに変わる登山道や山岳信仰のかたちを映し出しているといえる。古来、富士登山者にとって冨士山小御嶽神社は、お中道巡りや山頂登拝へ向かう行程の拠点であり、山中に入る前に身を清め、道中安全を祈る場所であった。小御岳そのものが富士山より古い山とされることから、ここは富士山信仰の原点に近い場所ともいわれ、現代でも吉田ルート五合目に到着した登山者が、まず安全祈願のために立ち寄る習わしが続いている。五合目一帯は「天狗の庭」と呼ばれ、かつてこの地を支配していたと伝わる小御嶽太郎坊正真という天狗が道開きの神として祀られており、山岳修行の霊場としての性格と、道中を切り開く守護神信仰が濃厚に重なり合っている点も特色である。
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