有名度
前頭上位須須神社
すずじんじゃ
石川県珠洲市三崎町寺家4-2
石川県珠洲市三崎町寺家4-2

暗黒な方 (the Black One) (wikipedia CC 表示-継承 3.0)
かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 学業
- 子供
- 安全
- 厄除
須須神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
災難除け 生業繁栄 五穀豊穣 大漁 交通安全 学業成就 縁結び 安産 育児 病気平癒 槌児祈願 鬼門除け
御祭神
高座宮
天津日高彦穂瓊瓊杵尊 あまつひだかひこほににぎのみこと
高座宮
美穂須須美命 みほすずみのみこと
金分宮
木花咲耶姫命 このはなさくやひめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(2柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
須須神社は石川県珠洲市に鎮座する神社。御祭神は天津日高彦穂瓊瓊杵尊、美穂須須美命、木花咲耶姫命の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
社伝によると、須須神社は第10代崇神天皇の御代に、能登半島北東端の山伏山、旧称鈴ヶ嶽の山頂へ創建された。用明天皇と元正天皇の時代には、勅使による献幣があったとも伝わる。
天平勝宝年間(749~756)に現在の珠洲市三崎町寺家へ遷座し、寺家に高座宮と金分宮、山伏山頂に奥宮が置かれた。貞観15年(873)8月4日には高倉彦神へ従五位上が授けられ、延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』には能登国珠洲郡の神社として記載された。
須須神社文書は、承安5年(1175)2月28日の能登国司庁宣を最古とする。室町時代には高座宮と金分宮を合わせて「三崎権現」「須須大明神」と称し、大宮司の猿女氏のもとに社人と社僧が置かれた。別当寺の高勝寺には12坊があり、社領は3千石と伝わる。
文明10年(1478)の高座宮神主友永置文には、寺社領をめぐる訴訟が記されている。天正5年(1577)、高勝寺の衆徒は上杉謙信へ幕府の御教書や守護の判物を提出し、所領の安堵を求めた。
天正12年(1584)、前田利家は須須神社を祈願所と定め、神田5町歩、石高75石を寄進した。天正14年(1586)には社堂を再建したと伝わり、江戸時代には加賀藩前田家の祈願所となった。明治期には県社に列し、2015年(平成27)には寺家キリコ祭りを含む「灯り舞う半島 能登―熱狂のキリコ祭り―」の構成文化財が日本遺産に認定された。
2023年(令和5)5月の奥能登地震では第一鳥居が倒壊し、2024年(令和6)1月の能登半島地震では第二鳥居、手水舎、灯籠、狛犬、社殿などが被災した。
高座宮本殿は流造である。宝物殿には、国指定重要文化財の木造男神坐像5躯や、源義経が奉納したと伝わる「蝉折の笛」「弁慶の守刀」などを収蔵する。須須神社文書73通は石川県指定有形文化財である。
高座宮8,620平方メートル、金分宮9,157平方メートルの社叢は国の天然記念物で、スダジイ、タブノキ、アカガシ、モミ、ヤブツバキなどが生育する。
毎年3月15日には、矢を射て悪神退治と1年の平安を祈る的打神事が行われる。寺家キリコ祭りは毎年9月第2土曜日に行われ、最大で高さ16.5メートル、重さ4トンのキリコが夜から翌朝にかけて地区内を巡行する。
社格は式内社であり、旧県社。
社伝によると、須須神社は第10代崇神天皇の御代に、能登半島北東端の山伏山、旧称鈴ヶ嶽の山頂へ創建された。用明天皇と元正天皇の時代には、勅使による献幣があったとも伝わる。
天平勝宝年間(749~756)に現在の珠洲市三崎町寺家へ遷座し、寺家に高座宮と金分宮、山伏山頂に奥宮が置かれた。貞観15年(873)8月4日には高倉彦神へ従五位上が授けられ、延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』には能登国珠洲郡の神社として記載された。
須須神社文書は、承安5年(1175)2月28日の能登国司庁宣を最古とする。室町時代には高座宮と金分宮を合わせて「三崎権現」「須須大明神」と称し、大宮司の猿女氏のもとに社人と社僧が置かれた。別当寺の高勝寺には12坊があり、社領は3千石と伝わる。
文明10年(1478)の高座宮神主友永置文には、寺社領をめぐる訴訟が記されている。天正5年(1577)、高勝寺の衆徒は上杉謙信へ幕府の御教書や守護の判物を提出し、所領の安堵を求めた。
天正12年(1584)、前田利家は須須神社を祈願所と定め、神田5町歩、石高75石を寄進した。天正14年(1586)には社堂を再建したと伝わり、江戸時代には加賀藩前田家の祈願所となった。明治期には県社に列し、2015年(平成27)には寺家キリコ祭りを含む「灯り舞う半島 能登―熱狂のキリコ祭り―」の構成文化財が日本遺産に認定された。
2023年(令和5)5月の奥能登地震では第一鳥居が倒壊し、2024年(令和6)1月の能登半島地震では第二鳥居、手水舎、灯籠、狛犬、社殿などが被災した。
高座宮本殿は流造である。宝物殿には、国指定重要文化財の木造男神坐像5躯や、源義経が奉納したと伝わる「蝉折の笛」「弁慶の守刀」などを収蔵する。須須神社文書73通は石川県指定有形文化財である。
高座宮8,620平方メートル、金分宮9,157平方メートルの社叢は国の天然記念物で、スダジイ、タブノキ、アカガシ、モミ、ヤブツバキなどが生育する。
毎年3月15日には、矢を射て悪神退治と1年の平安を祈る的打神事が行われる。寺家キリコ祭りは毎年9月第2土曜日に行われ、最大で高さ16.5メートル、重さ4トンのキリコが夜から翌朝にかけて地区内を巡行する。
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神社詳細
摂末社・境内社
例祭
例祭 9月14日
文化財
木造男神坐像5躯
国 重要文化財
彫刻 昭和25年8月29日指定
彫刻 昭和25年8月29日指定
須須神社社叢
国 天然記念物
文化財種別不明 昭和50年6月26日指定
文化財種別不明 昭和50年6月26日指定
須須神社文書
石川県 有形文化財
古文書 昭和57年1月12日指定
古文書 昭和57年1月12日指定
山伏山社叢
石川県 天然記念物
文化財種別不明 昭和40年3月17日指定(須須神社奥宮所有)
文化財種別不明 昭和40年3月17日指定(須須神社奥宮所有)
建築
本殿 流造
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E9%A0%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
石川県
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/index_j.html
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E9%A0%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
石川県
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/index_j.html
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/
