川勾神社 - 神社ファン

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川勾神社

かわわじんじゃ

神奈川県中郡二宮町山西2122

😞 🙁 😐 🙂 😄

神奈川県中郡二宮町山西2122

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

川勾神社以外にも 二宮大明神 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
川勾神社には

「仕事系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

国土開拓 殖産興業 風の神 伊吹の神 安産守護

御祭神

大名貴命 おおなむじのみこと
大物忌命 おおものいみのみこと
級津彦命 しなつひこのみこと
級津姫命 しなつひめのみこと
衣通姫命 そとほりひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「出雲・オオナムチ系」 「不明(3柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

川勾神社は神奈川県中郡二宮町に鎮座する神社。御祭神は大名貴命、大物忌命、級津彦命、級津姫命、衣通姫命の5柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
縁起書によれば、川勾神社の創祀は第11代垂仁天皇の朝(およそ数千年前とされる)に遡ると伝えられており、そのとき磯長国(しながのくに、現在の神奈川県西部域)を治めていた阿屋葉造(あやはのみやつこ)が、勅命を奉じて国の鎮護のため当社を崇祀したとある。社伝ではこの地はかつて「磯長国」と称され、のちに「相模国」の一部となったと言われる。平安時代中期の延長5年(927年)刊行の『延喜式神名帳』に「相模国十三社」のうちの一社として記載されており、式内社としての資格を有している。その後、中世に入ると、源頼朝夫人の安産祈願のため神馬が奉納されたという記録がある。応永年間(14世紀)兵火により社殿・宝物が焼失し、応永30年頃に再建がなされた。また、永禄4年(1561年)には上杉輝虎(=謙信)が小田原を攻めた際に再び兵火に遭い、元亀年間(1570年代)に北条氏によって改造再建された。江戸時代、特に小田原北条氏の時代には鬼門守護の神として崇敬され、徳川家康から御朱印地50石が寄せられ、江戸城参賀・祈祷札献上等が例となった。明治6年(1873年)に郷社に列し、昭和7年(1932年)4月に県社昇格の御内示を受け現在の格式に至っている。
旧神領地の水田から大正4年(1915年)に出土した「田舟(丸木船)」が町指定文化財とされ、奈良時代のものと推定されている。また、木像随神像や古文書・網石等の宝物も存し、平安後期のものと推定される随神像が社蔵されている社域は元来約2000坪、さらに風致林を含めて5000坪以上に及び、県の自然環境保全地区にも指定されている。
  • 二宮(相模国)
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://kawawajinja.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%8B%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/