苕野神社 福島県双葉郡浪江町請戸字東向 - 神社ファン

有名度

前頭

苕野神社

くさのじんじゃ

福島県双葉郡浪江町請戸字東向38

福島県双葉郡浪江町請戸字東向38

拝殿

Bachstelze(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

苕野神社以外にも あんばさま とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
苕野神社には

「恋愛系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

祈雨・祈晴 心願成就 縁結び

御祭神

高龗神 くらおかみのかみ
闇龗神 いそたけるのかみ
五十猛神 おおやつひめのみこと
大屋津姫命 つまつひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

貴船系」 「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

苕野神社は福島県双葉郡浪江町に鎮座する神社。御祭神は、高龗神、闇龗神、五十猛神、大屋津姫命、抓津姫命の5柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
神社は往古、請戸地区の沖合にあった「苕野小島」に鎮座していたが、波浪によって島が崩壊したため、現在地へ遷座されたと伝えられる。伝承によれば、古代、人皇初期のころ奥州の請戸沖に磐楠(くすのき)で造られた船が漂着し、船中に九柱の神女がいた。新汐渡媛夫妻がこれを奉じて祠を設けたところ瑞雲がかかり、神女たちは「国家安全・武運長久・海上の逆波を鎮める」との神託を残した。その後、養老年間に元正天皇が神像を造営して祀ったという。また、『寺社好問誌』や『奥相志』に伝わる伝承では、天竺または震旦の王妃が漂着し、村人によって祀られたとも記される。さらに、地元の標葉氏が平安中期にあたる保元年間(1156年ごろ)に館を建造し、社領を寄進して標葉氏の氏神として崇敬されたことが記されている。明治4年に郷社、大正13年に県社へ列格された。
東日本大震災(2011年)では津波によって社殿は流失し、宮司を含む関係者に犠牲者を出した。2022年に本格再建が決定し、地域や氏子の力によって社殿再建が進められ、2023年末には姿を現し、2024年には再建された社殿で伝統の安波祭が再開された。
伝統の「安波祭」は、毎年2月第3日曜日に行われる海上安全・豊漁・豊作を祈願する浜下り潮水神事とされ、大祭では浦安の舞神楽、田植踊、神輿渡御、樽神輿の海上渡御、御潮水献備、早朝護摩祈祷などが厳かに執り行われる。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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本殿 流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%95%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福島県神社庁
https://fukushima-jinjacho.or.jp/