有名度
関脇上杉神社
うえすぎじんじゃ
山形県米沢市丸の内1-4-13
山形県米沢市丸の内1-4-13

Bakkai(wikipedia CC 表示 3.0)
名将・上杉謙信公を御祭神とする上杉神社は、米沢城址に建ち、桜や紅葉の名所としても親しまれています。勝運や学業成就のご利益があり、境内には歴史を伝える資料館や謙信公の銅像が点在し、戦国の息吹を感じられます。四季折々の美しい景観とともに、心を新たにできる神社です。
かんたんご利益
- 仕事
- 学業
- 勝負
上杉神社には
「仕事系」「学業・技芸系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
勝負運 所願成就 学業成就 商売繁盛
御祭神
上杉謙信命 うえすぎけんしんのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
上杉神社は山形県米沢市にある神社。上杉謙信を主祭神とする。
社格は旧別格官幣社。
明治時代に設けられた別格官幣社のひとつで、国家に功績があり、広く崇敬を集めた人物を祭神とする神社として位置づけられた。米沢城本丸跡に鎮座し、戦国武将・上杉謙信を祀る神社として篤い崇敬を集めている。
上杉謙信は天正6年(1578)、越後国の春日山城で急死した。その遺骸は城内に設けられた御堂「不識庵」に安置され、真言宗寺院によって祀られていた。その後、上杉景勝が会津へ移封されると謙信の遺骸を祀る御堂も会津若松へ移され、さらに慶長6年(1601)に上杉家が米沢へ移封されると米沢へ移された。こうして謙信への信仰は、上杉家とともに米沢へ受け継がれた。
明治時代に入ると、それまで仏式で行われていた謙信の祭祀が神式へと改められた。明治4年(1871)には上杉謙信と第9代米沢藩主・上杉鷹山を祭神として、米沢城址に上杉神社が創建された。その後社殿の造営が進められ、明治9年(1876)に新たな社殿が完成し、遷座祭が行われた。
明治35年(1902)に上杉神社が別格官幣社へ列格すると、上杉鷹山は摂社の松岬神社へ遷され、上杉神社は上杉謙信一柱を祭神とする神社となった。現在も上杉神社には謙信、松岬神社には鷹山をはじめとする上杉家ゆかりの人物が祀られている。
大正8年(1919)の米沢大火では、本殿をはじめとする上杉神社の社殿が焼失した。現在の社殿はその後再建されたもので、米沢出身の建築家・伊東忠太が設計を手がけ、大正12年(1923)に完成した。伊東忠太は平安神宮や明治神宮などにも関わった近代日本を代表する建築家で、上杉神社では米沢城本丸跡の景観に調和した社殿を設計している。
境内の宝物殿「稽照殿(けいしょうでん)」も、上杉神社の再建にあわせて伊東忠太が設計し、大正12年(1923)に開館した建物である。現在は国の登録有形文化財となっている。「稽照」の名は、『古事記』序文にある「稽古照今」に由来し、古きを考えて今を照らすという意味が込められている。
稽照殿には上杉家に伝来した刀剣や甲冑、絵画、古文書など数多くの文化財が収蔵されている。上杉謙信所用と伝わる「色々威腹巻」、上杉景勝所用の「紫糸威伊予札五枚胴具足」をはじめ、上杉謙信・景勝・鷹山や直江兼続などに関係する遺品、遺墨、武具などが伝えられている。
なかでもよく知られているのが、直江兼続所用と伝わる「愛」の字を前立に掲げた兜である。上杉家を代表する武将のひとりである兼続を象徴する武具として知られ、上杉家にまつわる多彩な文化財とともに稽照殿に収蔵されている。
毎年4月29日から5月3日にかけては「上杉まつり」が行われる。4月29日の上杉神社例大祭に始まり、期間中には上杉家の歴史にちなんださまざまな行事が行われ、最終日の5月3日には発輿祭の後、神輿が米沢市内を巡って上杉神社へ戻り、還輿祭が斎行される。
4月29日の例大祭日は、上杉謙信が没した旧暦3月13日を太陽暦に換算した日にあたるとされる。戦前には「県社のまつり」「城下のまつり」とも呼ばれ、米沢の春を代表する祭として受け継がれてきた。現在も上杉家の城下町として発展した米沢の歴史と、上杉謙信への崇敬を伝える重要な祭礼となっている。
社格は旧別格官幣社。
明治時代に設けられた別格官幣社のひとつで、国家に功績があり、広く崇敬を集めた人物を祭神とする神社として位置づけられた。米沢城本丸跡に鎮座し、戦国武将・上杉謙信を祀る神社として篤い崇敬を集めている。
上杉謙信は天正6年(1578)、越後国の春日山城で急死した。その遺骸は城内に設けられた御堂「不識庵」に安置され、真言宗寺院によって祀られていた。その後、上杉景勝が会津へ移封されると謙信の遺骸を祀る御堂も会津若松へ移され、さらに慶長6年(1601)に上杉家が米沢へ移封されると米沢へ移された。こうして謙信への信仰は、上杉家とともに米沢へ受け継がれた。
明治時代に入ると、それまで仏式で行われていた謙信の祭祀が神式へと改められた。明治4年(1871)には上杉謙信と第9代米沢藩主・上杉鷹山を祭神として、米沢城址に上杉神社が創建された。その後社殿の造営が進められ、明治9年(1876)に新たな社殿が完成し、遷座祭が行われた。
明治35年(1902)に上杉神社が別格官幣社へ列格すると、上杉鷹山は摂社の松岬神社へ遷され、上杉神社は上杉謙信一柱を祭神とする神社となった。現在も上杉神社には謙信、松岬神社には鷹山をはじめとする上杉家ゆかりの人物が祀られている。
大正8年(1919)の米沢大火では、本殿をはじめとする上杉神社の社殿が焼失した。現在の社殿はその後再建されたもので、米沢出身の建築家・伊東忠太が設計を手がけ、大正12年(1923)に完成した。伊東忠太は平安神宮や明治神宮などにも関わった近代日本を代表する建築家で、上杉神社では米沢城本丸跡の景観に調和した社殿を設計している。
境内の宝物殿「稽照殿(けいしょうでん)」も、上杉神社の再建にあわせて伊東忠太が設計し、大正12年(1923)に開館した建物である。現在は国の登録有形文化財となっている。「稽照」の名は、『古事記』序文にある「稽古照今」に由来し、古きを考えて今を照らすという意味が込められている。
稽照殿には上杉家に伝来した刀剣や甲冑、絵画、古文書など数多くの文化財が収蔵されている。上杉謙信所用と伝わる「色々威腹巻」、上杉景勝所用の「紫糸威伊予札五枚胴具足」をはじめ、上杉謙信・景勝・鷹山や直江兼続などに関係する遺品、遺墨、武具などが伝えられている。
なかでもよく知られているのが、直江兼続所用と伝わる「愛」の字を前立に掲げた兜である。上杉家を代表する武将のひとりである兼続を象徴する武具として知られ、上杉家にまつわる多彩な文化財とともに稽照殿に収蔵されている。
毎年4月29日から5月3日にかけては「上杉まつり」が行われる。4月29日の上杉神社例大祭に始まり、期間中には上杉家の歴史にちなんださまざまな行事が行われ、最終日の5月3日には発輿祭の後、神輿が米沢市内を巡って上杉神社へ戻り、還輿祭が斎行される。
4月29日の例大祭日は、上杉謙信が没した旧暦3月13日を太陽暦に換算した日にあたるとされる。戦前には「県社のまつり」「城下のまつり」とも呼ばれ、米沢の春を代表する祭として受け継がれてきた。現在も上杉家の城下町として発展した米沢の歴史と、上杉謙信への崇敬を伝える重要な祭礼となっている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
例大祭 4月29日
文化財
絹本著色毘沙門天像
国 重要文化財
絵画 明治36年4月15日指定
絵画 明治36年4月15日指定
紫綾金泥両界曼荼羅図
国 重要文化財
絵画 大正4年3月26日指定
絵画 大正4年3月26日指定
絹本著色阿弥陀三尊像
国 重要文化財
絵画 昭和48年6月6日指定
絵画 昭和48年6月6日指定
太刀 伝 倫光作 表に備前国(以下不明)裏に興国三年云々の銘あり
国 重要文化財
工芸品 明治43年4月20日指定
工芸品 明治43年4月20日指定
剣 無銘 梵字及び七星の金銀象嵌あり 十二支蒔絵鞘付(伝 上杉謙信 所用)
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
工芸品 大正6年4月5日指定
太刀 無銘 伝 元重
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
工芸品 大正6年4月5日指定
長巻 無銘 伝 則包 附拵
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
工芸品 大正6年4月5日指定
長巻 無銘 伝 片山一文字 附拵
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
工芸品 大正6年4月5日指定
長巻 無銘 伝 片山一文字 附拵
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
工芸品 大正6年4月5日指定
鑓 銘城州埋忠作 文禄二年十二月 日
国 重要文化財
工芸品 大正6年4月5日指定
工芸品 大正6年4月5日指定
色々威腹巻 兜・壺袖付 附黒漆鎧櫃(伝 上杉謙信所用)
国 重要文化財
工芸品 昭和34年12月18日指定
工芸品 昭和34年12月18日指定
服飾類(伝 上杉謙信 上杉景勝所用)
国 重要文化財
工芸品 昭和36年2月17日指定
工芸品 昭和36年2月17日指定
浅葱地花葉文緞子胴服
国 重要文化財
工芸品 平成2年6月29日指定
工芸品 平成2年6月29日指定
絵本墨書綜芸種智院式附輪羯磨蒔絵筥一合
国 重要文化財
古文書 大正4年3月26日指定
古文書 大正4年3月26日指定
紺紙金地後奈良天皇宸翰般若心経(越後国)
国 重要文化財
書跡 昭和13年7月14日指定
書跡 昭和13年7月14日指定
太刀 銘助宗 拵革柄革包太刀 上杉景勝所用(摂社松岬神社所有)
国 重要文化財
工芸品 昭和2年4月25日指定
工芸品 昭和2年4月25日指定
青磁牡丹唐草凸花文瓶
山形県 指定文化財
工芸品 昭和30年10月25日指定
工芸品 昭和30年10月25日指定
紫糸威伊予札五枚胴具足 兜、頬当、壺袖、篭手付
山形県 指定文化財
工芸品 昭和34年12月4日指定
工芸品 昭和34年12月4日指定
素懸水浅葱糸威腹巻 兜、頬当、壺袖、篭手、臑当、佩楯付
山形県 指定文化財
工芸品 昭和34年12月4日指定
工芸品 昭和34年12月4日指定
素懸熏韋威腹巻 兜、頬当、壺袖、篭手付
山形県 指定文化財
工芸品 昭和40年4月12日指定
工芸品 昭和40年4月12日指定
紫糸威五枚胴具足 兜、頬当、篭手、臑当、佩楯付
山形県 指定文化財
工芸品 昭和40年4月12日指定
工芸品 昭和40年4月12日指定
素懸勝色威胴丸 兜、頬当、篭手、佩楯、肩当付
山形県 指定文化財
工芸品 昭和40年4月12日指定
工芸品 昭和40年4月12日指定
色々威大袖
山形県 指定文化財
工芸品 昭和40年4月12日指定
工芸品 昭和40年4月12日指定
上杉謙信筆祈願文
山形県 指定文化財
書跡 昭和31年5月11日指定
書跡 昭和31年5月11日指定
上杉神社稽照殿
米沢市 登録有形文化財
文化財種別不明 平成10年7月23日指定
文化財種別不明 平成10年7月23日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://www.uesugi-jinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
山形県
https://www.pref.yamagata.jp/bunkyo/bunka/bunkazai/index.html
米沢市
https://www.city.yonezawa.yamagata.jp/soshiki/10/1034/5/194.html
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
https://www.uesugi-jinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
山形県
https://www.pref.yamagata.jp/bunkyo/bunka/bunkazai/index.html
米沢市
https://www.city.yonezawa.yamagata.jp/soshiki/10/1034/5/194.html
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
