有名度
十両高寺山神社
たかてらやまじんじゃ
秋田県大仙市内小友字高寺154
秋田県大仙市内小友字高寺154

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
高寺山神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣 商売繁盛 漁業守護 航海守護
御祭神
天照皇大神 あまてらすすめおおかみ
保食大神 うけもちのおおかみ
大物主大神 おおものぬしのおおかみ
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
高寺山神社は秋田県大仙市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、保食大神、大物主大神の3柱をまつる。
養老6年(722)頃、高寺山の山頂に千手観音を安置したとの記録が残る。寺号は高寺山忠源寺とされるが、菅江真澄の『月の出羽路』には高寺山福王寺と記されている。
山頂にあった堂は、館主・難波平治満友の礼拝堂で、後に難波館跡へ遷座した。神体は紫銅製で高さ7寸余りの像であったが、江戸時代末期に盗難に遭ったと伝えられる。また、後代の記録には、六郷城主二階堂忠頼が八千刈の稲田を寄進したことも記されている。
明治維新後の神仏分離により、本社を神明社、観音堂を境内社として高寺神社とした。明治40年(1907)1月、高寺神社が火災に遭ったため、翌明治41年(1908)12月に両社を合祀して社殿を新築し、高寺山神社へ改称した。例祭日は3月17日である。
養老6年(722)頃、高寺山の山頂に千手観音を安置したとの記録が残る。寺号は高寺山忠源寺とされるが、菅江真澄の『月の出羽路』には高寺山福王寺と記されている。
山頂にあった堂は、館主・難波平治満友の礼拝堂で、後に難波館跡へ遷座した。神体は紫銅製で高さ7寸余りの像であったが、江戸時代末期に盗難に遭ったと伝えられる。また、後代の記録には、六郷城主二階堂忠頼が八千刈の稲田を寄進したことも記されている。
明治維新後の神仏分離により、本社を神明社、観音堂を境内社として高寺神社とした。明治40年(1907)1月、高寺神社が火災に遭ったため、翌明治41年(1908)12月に両社を合祀して社殿を新築し、高寺山神社へ改称した。例祭日は3月17日である。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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