有名度
十両諏訪神社
すわじんじゃ
秋田県にかほ市象潟町関字三平田57
秋田県にかほ市象潟町関字三平田57

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
- 勝負
諏訪神社には
「仕事系」「家庭系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 家内安全 武運長久
御祭神
建御名方命 たけみなかたのみこと
誉田別命 ほむたわけのみこと
天照大神 あまてらすおおみかみ
八幡大神 はちまんのおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「諏訪系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
諏訪神社は秋田県にかほ市に鎮座する神社。御祭神は建御名方命、誉田別命、天照大神、八幡大神の4柱をまつる。
社格は旧村社。
応仁元年(1467)、由利十二頭の争いを鎮めるため、将軍足利義政の命を受けた小笠原大和守大江重泰が当地へ下向した。重泰は守護神として信濃国諏訪郡から諏訪大神を勧請し、海路で芹田へ上陸した後、有耶無耶の関があった現在地を選んで社殿を建立したと伝えられる。重泰は、のちの仁賀保氏の祖にあたる。
その後、仁賀保八郷の総鎮守として崇敬され、領主から祭禄を受けた。慶長17年(1612)には、本荘領主の山形豊前守源朝臣満義と大泉讃岐守義敦によって社殿が再建された。元禄6年(1693)には仁賀保八郷の寄付によって改築が行われ、八幡大神を合祀した。このときに建立された本殿が現在まで残されている。
明治6年(1873)9月に村社へ列し、明治41年(1908)には幣殿を新築、翌明治42年(1909)12月には境内社の神明社を合祀した。祭事には11本の幣束を用い、朝廷、将軍家、領内および仁賀保八郷の吉凶禍福を占う神事が伝えられている。例祭は6月5日で、大盃酒呑占や十二段獅子舞も行われる。
社格は旧村社。
応仁元年(1467)、由利十二頭の争いを鎮めるため、将軍足利義政の命を受けた小笠原大和守大江重泰が当地へ下向した。重泰は守護神として信濃国諏訪郡から諏訪大神を勧請し、海路で芹田へ上陸した後、有耶無耶の関があった現在地を選んで社殿を建立したと伝えられる。重泰は、のちの仁賀保氏の祖にあたる。
その後、仁賀保八郷の総鎮守として崇敬され、領主から祭禄を受けた。慶長17年(1612)には、本荘領主の山形豊前守源朝臣満義と大泉讃岐守義敦によって社殿が再建された。元禄6年(1693)には仁賀保八郷の寄付によって改築が行われ、八幡大神を合祀した。このときに建立された本殿が現在まで残されている。
明治6年(1873)9月に村社へ列し、明治41年(1908)には幣殿を新築、翌明治42年(1909)12月には境内社の神明社を合祀した。祭事には11本の幣束を用い、朝廷、将軍家、領内および仁賀保八郷の吉凶禍福を占う神事が伝えられている。例祭は6月5日で、大盃酒呑占や十二段獅子舞も行われる。
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神社詳細
摂末社・境内社
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建築
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神紋
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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