有名度
十両江釣子神社
えづりこじんじゃ
岩手県北上市下江釣子16-192
岩手県北上市下江釣子16-192

かんたんご利益
- 健康
江釣子神社には
「健康系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
病気平癒
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「少彦名系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
江釣子神社は岩手県北上市に鎮座する神社。御祭神は少名彦名命、大山祗命、品邪和気命、伊邪那岐命、伊邪那美命の5柱をまつる。
嘉禄元年(1225)、下江釣子に安妻宮の禰宜を務める藤原五郎基常がいた。その子・六郎が長く病に苦しんでいた折、基常は「長瀬の渡船場の西で釣りをすれば、病は癒える」との霊夢を受けた。夢のお告げに従って和賀川に釣り糸を垂れると、にわかに川中が鳴動して光を放ち、釣り針には赤銅の観音像が掛かっていたという。基常は観音像を持ち帰って仮宮に安置し、篤く奉斎したところ、ほどなく六郎の病は全快したと伝えられる。
この霊験を聞いた領主・和賀式部大夫忠明は堂宇を建立し、観音像を「江瀬釣光大明神」として祀り、和賀家の祈願所に定めた。また基常には、この由緒にちなむ「江釣子」の姓を授けたという。
その後、十一代江釣子民部の時代に岩崎城の戦いが起こり、堂宇は兵火によって焼失した。長く衰微したものの、宝暦2年(1752)に社殿が再興され、「江釣子大明神」として再び奉斎された。
例祭は毎年9月19日、火防祭は4月3日に行われ、いずれも祭祀に続いて神輿が巡行する神幸祭が執り行われる。境内とその周辺に残る屋敷林は「すずの里 江釣子神社」の名で北上市の景観資産に認定され、地域に受け継がれてきた鎮守の杜の景観を今に伝えている。
嘉禄元年(1225)、下江釣子に安妻宮の禰宜を務める藤原五郎基常がいた。その子・六郎が長く病に苦しんでいた折、基常は「長瀬の渡船場の西で釣りをすれば、病は癒える」との霊夢を受けた。夢のお告げに従って和賀川に釣り糸を垂れると、にわかに川中が鳴動して光を放ち、釣り針には赤銅の観音像が掛かっていたという。基常は観音像を持ち帰って仮宮に安置し、篤く奉斎したところ、ほどなく六郎の病は全快したと伝えられる。
この霊験を聞いた領主・和賀式部大夫忠明は堂宇を建立し、観音像を「江瀬釣光大明神」として祀り、和賀家の祈願所に定めた。また基常には、この由緒にちなむ「江釣子」の姓を授けたという。
その後、十一代江釣子民部の時代に岩崎城の戦いが起こり、堂宇は兵火によって焼失した。長く衰微したものの、宝暦2年(1752)に社殿が再興され、「江釣子大明神」として再び奉斎された。
例祭は毎年9月19日、火防祭は4月3日に行われ、いずれも祭祀に続いて神輿が巡行する神幸祭が執り行われる。境内とその周辺に残る屋敷林は「すずの里 江釣子神社」の名で北上市の景観資産に認定され、地域に受け継がれてきた鎮守の杜の景観を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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