種里八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

種里八幡宮

たねさとはちまんぐう

青森県西津軽郡鰺ヶ沢町種里町字有原144

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青森県西津軽郡鰺ヶ沢町種里町字有原144

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
種里八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「稲荷系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

種里八幡宮は青森県西津軽郡鰺ヶ沢町に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊(配祠)、大己貴命、宇気母智命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
大永3年(1523年)、種里城を居城とした大浦光信が種里八幡宮を創建したと伝えられる。大浦光信の重臣であった奈良主水貞親が初代神官となり、その後も奈良家が代々祭祀を継承した。
大浦光信は明応年間に種里へ入り、種里城を築いた。大浦氏を継いだ津軽為信は天正18年(1590年)に豊臣秀吉から津軽郡の支配を認められ、後に弘前藩初代藩主となった。種里城跡は平成14年(2002年)、弘前城跡、堀越城跡とともに「津軽氏城跡」として国史跡に指定されている。
種里八幡宮には創建や再建の経過を伝える3枚の棟札が残る。大永3年(1523年)は大浦光信による建立、永禄13年(1570年)は源経家による再建、慶長2年(1597年)は津軽為信による再建を記したものである。
大永3年の棟札は奈良家に伝わる『種里村八幡宮覚』に、早くから朽損していたことが記されている。「太守光信公」の敬称が用いられていることから、現存する棟札は後世に書き改められたものとされる。3枚の棟札はいずれも鰺ヶ沢町指定文化財である。
慶長2年(1597年)の再建では、津軽為信が獅子頭と弓具を寄進したと伝えられる。弓具は朱漆塗りの弓と2本の鏑矢からなり、鏑矢には音を発する丸い笛が取り付けられている。
奈良主水貞親に関わる社宝として2面の身正体が伝えられる。奈良家の系図では奈良国から持参したとされ、いずれも鉄製である。身正体、獅子頭、弓具は鰺ヶ沢町指定文化財となっている。
境内には創建当時に植えられたと伝わるスギの大木が残る。かつては6本が文化財に指定されていたが、平成3年(1991年)の台風で2本が倒れ、現在は4本が保存されている。
社宝には棟札、身正体、獅子頭、弓具のほか、奈良家14代・奈良出雲が江戸時代に書写した『光信公御治世記』などがあり、その一部は種里城跡の歴史資料館「光信公の館」で展示されている。
  • 郷社
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/