胸肩神社 弘前市 - 神社ファン

有名度

前頭

胸肩神社

むなかたじんじゃ

青森県弘前市品川町89

😞 🙁 😐 🙂 😄

青森県弘前市品川町89

かんたんご利益

  • 仕事
  • 金運
  • 安全
胸肩神社には

「仕事系」「金運系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

海上安全 豊漁 財運向上

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

宗像・厳島系

です。
他に 「春日系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

胸肩神社は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は田心姫命、市杵島姫命、湍津姫命、春日大神の4柱をまつる。
社伝では、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が創建したと伝えられる。坂上田村麻呂は、自ら信仰していた弁財天を大野と呼ばれる地へ勧請し、弁天宮の堂社を建立した。琵琶を奉納し、家臣を神主として祭祀に当たらせたとの伝承も残されている。
創建地とされる大野の詳しい位置や、創建当時の社殿の規模は明らかではない。弁天宮は弁財天を本尊として祭祀され、神仏習合の形態のもとで信仰が続けられた。
寛文2年(1662年)、弁天宮は大野から現在の弘前市品川町へ遷座した。遷座に際しては、平賀庄の猿賀組・大光寺組・尾崎組・大鰐組・和徳組・堀越組の6組が社殿の造営に加わり、供米を奉納した。遷座後は土手一座弁財天神社、または弁天宮と称され、弘前城下の武士や町人の崇敬を集めた。
宝永4年(1707年)には、弘前藩第4代藩主・津軽信政の門弟であった士族が境内に末社の春日宮を建立し、春日大神を奉斎した。春日宮はその後も弁天宮とともに祭祀された。
明治初期の神仏分離により、弁財天をまつる従来の祭祀は改められた。明治6年(1873年)に社号を胸肩神社へ改称し、宗像三女神である田心姫命・市杵島姫命・湍津姫命を祭神とした。同年、境内末社の春日宮にまつられていた春日大神を合祀し、現在の祭神構成となった。
社号の「胸肩」は「宗像」と同じく「むなかた」と読む。社号改称後も弁天宮時代の呼称は受け継がれ、現在も地域では「弁天さま」の名で親しまれている。
例大祭は毎年7月1日に執り行われ、前日の6月30日には宵宮祭が開催される。宵宮では神賑行事が行われ、境内には露店が立ち並び、多くの参拝者でにぎわう。
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神社詳細

公式URL

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%B8%E8%82%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%9D%92%E6%A3%AE%E7%9C%8C%E5%BC%98%E5%89%8D%E5%B8%82)
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/