有名度
十両上士別神社
かみしべつじんじゃ
北海道士別市上士別町17線北4番地
北海道士別市上士別町17線北4番地

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
上士別神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣 必勝祈願 国家守護 国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
上士別神社は北海道士別市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大御神、健御賀豆智神、応神天皇の3柱をまつる。
社格は旧村社。
明治35年(1902年)9月5日、前八百太と山下徳蔵が徳島県海部郡中木頭村の八幡神社から健御賀豆智神と応神天皇の御分霊を招請し、小祠を建てて奉斎したことに始まる。明治39年(1906年)には小野幾太が愛媛県新居郡角野村の内宮神社から天照大神の御分霊を招請し、これを合祀した。
創祀当初は中士別12線に鎮座していたが、明治39年(1906年)9月に16線へ移転し、さらに明治41年(1908年)9月には18線北3番地へ遷座した。昭和2年(1927年)3月31日に神社創立が許可され、翌昭和3年(1928年)11月13日に村社へ列格した。同月24日には神饌幣帛料供進神社に指定され、地域の鎮守としての地位を確立した。
昭和19年(1944年)8月29日、現在の17線北4番地へ遷座した。戦後の昭和21年(1946年)2月2日に旧社格制度の廃止に伴って宗教法人となり、昭和51年(1976年)には社務所を改築した。昭和57年(1982年)の創祀80周年記念事業では神輿と神幸用具を整備し、初めて上士別一円で神幸祭が執り行われた。
平成8年(1996年)6月には社殿屋根を全面的に葺き替え、本殿の千木と鰹木を復旧した。同年8月11日には大正2年(1913年)創祀の神恵神社を合祀し、平成14年(2002年)には新たな神輿を奉製するとともに神輿殿を改築し、創祀100周年式年大祭を斎行した。社殿は神明造で、例祭日は創祀日にあたる毎年9月5日である。
社格は旧村社。
明治35年(1902年)9月5日、前八百太と山下徳蔵が徳島県海部郡中木頭村の八幡神社から健御賀豆智神と応神天皇の御分霊を招請し、小祠を建てて奉斎したことに始まる。明治39年(1906年)には小野幾太が愛媛県新居郡角野村の内宮神社から天照大神の御分霊を招請し、これを合祀した。
創祀当初は中士別12線に鎮座していたが、明治39年(1906年)9月に16線へ移転し、さらに明治41年(1908年)9月には18線北3番地へ遷座した。昭和2年(1927年)3月31日に神社創立が許可され、翌昭和3年(1928年)11月13日に村社へ列格した。同月24日には神饌幣帛料供進神社に指定され、地域の鎮守としての地位を確立した。
昭和19年(1944年)8月29日、現在の17線北4番地へ遷座した。戦後の昭和21年(1946年)2月2日に旧社格制度の廃止に伴って宗教法人となり、昭和51年(1976年)には社務所を改築した。昭和57年(1982年)の創祀80周年記念事業では神輿と神幸用具を整備し、初めて上士別一円で神幸祭が執り行われた。
平成8年(1996年)6月には社殿屋根を全面的に葺き替え、本殿の千木と鰹木を復旧した。同年8月11日には大正2年(1913年)創祀の神恵神社を合祀し、平成14年(2002年)には新たな神輿を奉製するとともに神輿殿を改築し、創祀100周年式年大祭を斎行した。社殿は神明造で、例祭日は創祀日にあたる毎年9月5日である。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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