飯倉神社 鹿児島県 - 神社ファン

有名度

前頭

飯倉神社

いいくらじんじゃ

鹿児島県南九州市川辺町宮4778

鹿児島県南九州市川辺町宮4778

鳥居と拝殿

Mizushimasea(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
飯倉神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航海安全 漁業繁栄 安産 五穀豊穣 商売繁盛

御祭神

中宮

玉依姫命 たまよりひめのみこと

東宮

大綿津見神 おおわだつみのかみ

西宮

食飯魂命 うがたまのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「ワタツミ系」 「稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

飯倉神社は鹿児島県南九州市に鎮座する神社。御祭神は玉依姫命、大綿津見神、食飯魂命の3柱をまつる。
社格は旧県社。
飯倉神社の創建は、元明天皇の和銅年間(708~715年)と伝えられる。創建当初は現在地の南西約1kmにある飯倉山に鎮座していたとされ、南九州市の資料にも奈良時代の和銅年間に飯倉山へ創建されたと記されている。
一方、当初は開聞岳一帯に鎮座し、和銅年間に現在の川辺の地へ遷ったという伝承も残る。また、祭神の玉依姫命は、知覧町の豊玉姫神社に祀られる豊玉姫命の妹宮であり、大綿津見命の姫宮と伝えられる。豊玉姫命と玉依姫命が知覧で宿泊した際、妹宮が川辺へ向かったため、姉宮は知覧に、妹宮は川辺に鎮座したという伝承も伝えられている。
古くは川辺郷宮村の飯倉山、加世田郷宮原村、阿多郷宮原村の3か所にそれぞれ社があったと伝えられる。寛元5年(1247年)には、加世田郷宮原村と阿多郷宮原村の2社を合祀して飯倉新宮三所大明神と称し、この頃に現在地へ遷座したと伝えられる。
飯倉神社は度重なる火災によって古記録の多くを焼失した。元和年間以前には神領高500石を有したと伝えられ、平山の大倉前、小倉前、宮の蔵屋敷には蔵の跡が残り、蔵前や蔵屋の姓も伝えられている。
祭主は代々勝目家が務めたが、天正年間(1573~1592年)に勝目家が絶えたため、高良長門が神主となり、その後は高良家が神職を継承した。元禄4年(1691年)の社家人数改帳には、飯倉神社に属する社家の記録が残る。明治4年(1871年)には飯倉魂神社と改称され、昭和12年(1937年)に現在の飯倉神社へ改称した。
本殿は入母屋造である。境内には鹿児島県指定天然記念物の「川辺の大クス」があり、樹齢約1200年と伝えられる。現在も補助支柱で支えられながら枝葉を大きく広げている。
社宝には、日新公奉納と伝わる垂落の鎌や馬上杯、近衛信輔奉納と伝わる福寿花瓶、島津家久奉納と伝わる獅子香炉、唐金鉢のほか、銅鏡、棟札、神楽面などが伝えられている
毎年7月第1日曜日には御田植祭が行われ、御神田で神事が営まれた後、早乙女による田植えや田の神舞、宮棒踊りが奉納される。例祭日は11月23日である。
  • 県社
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神社詳細

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文化財

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建築

本殿 入母屋造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E5%80%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/