有名度
前頭霞神社
かすみじんじゃ
宮崎県西諸県郡高原町大字後川内1553
宮崎県西諸県郡高原町大字後川内1553

かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 厄除
霞神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
農業 畜産 疾病 縁結 開運 商売繁盛
御祭神
大己貴命 おおなむちのみこと
少彦名命 すくなひこなのみこと
保食命 うけもちのみこと
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
霞神社は宮崎県西諸県郡高原町に鎮座する神社。御祭神は大己貴命、少彦名命、保食命の3柱をまつる。
霞神社の創立年月日は不詳である。高原町後川内の霞ヶ丘に鎮座し、古くから霧島山周辺の信仰と関わりをもつ神社として伝えられてきた。
文化12年(1815)、島津重豪により神事が改められ、神徳院が別当となった。祭祀は郡山邑の花尾大権現社大宮司が管轄したと伝えられ、境内には文化12年の銘を刻む石灯籠が残されている。
天保14年(1843)に刊行された『三国名勝図会』には、「霞権現」として記載されている。同書によれば、霞権現は入木村の霞岡にあり、祭神は詳らかではなく、本地は馬頭観音であった。岡の南面にある石巌の隙間には五色の蛇が棲むとされ、その蛇は神として崇められたため、別に祠は設けられず、霧島六所権現の使神とされた。
また、『三国名勝図会』には、霧島六所権現へ参詣する人々が霞権現にも参拝し、蛇を見ると神縁を得られるとして喜んだことが記されている。当時の祭祀は3月15日と9月15日に行われ、祭式では白砂が供えられた。
霞神社は神仏習合の時代には修験道とも関わりをもち、霞権現の名や境内に残る石碑にその名残を見ることができる。社殿後方の岩窟には現在も白蛇様への信仰が受け継がれ、岩の隙間を参拝する人々が絶えない。
現在の例祭日は4月15日である。このほか、8月1日に献灯祭、10月15日に秋祭が執り行われる。初詣や4月の例祭には多くの参拝者が訪れ、高原町を代表する神社の一つとなっている。
霞神社の創立年月日は不詳である。高原町後川内の霞ヶ丘に鎮座し、古くから霧島山周辺の信仰と関わりをもつ神社として伝えられてきた。
文化12年(1815)、島津重豪により神事が改められ、神徳院が別当となった。祭祀は郡山邑の花尾大権現社大宮司が管轄したと伝えられ、境内には文化12年の銘を刻む石灯籠が残されている。
天保14年(1843)に刊行された『三国名勝図会』には、「霞権現」として記載されている。同書によれば、霞権現は入木村の霞岡にあり、祭神は詳らかではなく、本地は馬頭観音であった。岡の南面にある石巌の隙間には五色の蛇が棲むとされ、その蛇は神として崇められたため、別に祠は設けられず、霧島六所権現の使神とされた。
また、『三国名勝図会』には、霧島六所権現へ参詣する人々が霞権現にも参拝し、蛇を見ると神縁を得られるとして喜んだことが記されている。当時の祭祀は3月15日と9月15日に行われ、祭式では白砂が供えられた。
霞神社は神仏習合の時代には修験道とも関わりをもち、霞権現の名や境内に残る石碑にその名残を見ることができる。社殿後方の岩窟には現在も白蛇様への信仰が受け継がれ、岩の隙間を参拝する人々が絶えない。
現在の例祭日は4月15日である。このほか、8月1日に献灯祭、10月15日に秋祭が執り行われる。初詣や4月の例祭には多くの参拝者が訪れ、高原町を代表する神社の一つとなっている。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
境内社 豊受神社
祭神不明境内社 馬頭観音
祭神不明例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
