雲八幡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

雲八幡神社

くもはちまんじんじゃ

大分県中津市耶馬溪町大字宮園407

大分県中津市耶馬溪町大字宮園407

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
雲八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

雲八幡大神 くものやはたのおおかみ

相殿

妙見大神 みょうけんおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「妙見信仰系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

雲八幡神社は大分県中津市に鎮座する神社。御祭神は雲八幡大神、妙見大神の2柱をまつる。
社伝によれば、神功皇后が三韓征伐の帰途、現在の社地の下流にある巨石に腰を掛けたと伝えられる。その後、大宝3年(703)にこの石から七色に輝く雲が立ちのぼり、童形の神が現れたという。里人はこの石を「雲石さま」と呼び、崇敬した。
天延元年(973)、少納言・清原正高が宮園を訪れた際、里人から雲石さまの由来を聞き、社殿を建立して神をまつるよう命じた。これにより雲八幡大神が現在地に鎮座し、雲八幡宮ではこの年を神域が整えられた年として伝えている。社伝では、このとき神域を守るための森も整えられ、後に御神木となる千年杉が植えられたとしている。
江戸時代には、細川忠興や小笠原長次をはじめとする歴代藩主の崇敬を受けた。元禄11年(1698)には当地が幕府直轄領となり、日田代官所の支配下に入った。寛保4年(1744)には日田代官の岡田庄大夫俊惟が石灯籠を奉納している。
明治3年(1870)には、藩制最後の当地の藩知事であった宗重正が藩民の繁栄を願い、自然石を用いた手水鉢を奉納した。
境内の御神木として伝えられた千年杉は、平成16年(2004)の台風18号によって幹が折れた。その後も生育を続けたが、傷みの進行により平成22年(2010)9月15日に伐採された。現在は掘り上げられた根が「千年杉の根くぐり」として保存されている。
境内には江戸時代の石灯籠や明治3年奉納の手水鉢、大イチョウ、阿吽の河童像などが残る。河童像は平成2年(1990)の御大典を記念して建立されたものである。
例祭は毎年7月28日と29日に行われる。29日には宮園楽が奉納され、「かっぱ楽」の名でも親しまれている。宮園楽は大分県指定無形民俗文化財で、毛槍や横笛、鉦、太鼓を伴う行列が旧庄屋宅から神社へ向かい、境内で奉納が行われる。現在も地域の人々によって受け継がれている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://kumohachiman.j-air.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE