本渡諏訪神社 - 神社ファン

有名度

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本渡諏訪神社

ほんどすわじんじゃ

熊本県天草市諏訪町8番3号

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熊本県天草市諏訪町8番3号

拝殿

かんたんご利益

  • 仕事
本渡諏訪神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

文化産業繁栄

御祭神

建御名方神 たけみなかたのかみ
八坂刀売神 やさかとめのかみ
八幡大神 やはたのおおかみ

神社系統

主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

本渡諏訪神社は熊本県天草市に鎮座する神社。御祭神は建御名方神、八坂刀売神、八幡大神の3柱をまつる。
社格は旧県社。
本渡諏訪神社の創祀は鎌倉時代の弘安6年(1283)8月1日と伝えられる。文永11年(1274)と弘安4年(1281)の2度にわたる元寇の際、本渡城主の天草大夫大蔵太子が水軍を率いて出陣した。社伝では、大蔵太子が諏訪大明神の神恩に感謝し、弘安6年に信州諏訪の本社から諏訪大明神の分霊を迎え、本砥郷山口の里に鎮祭したとする。以後、天草氏の氏神、領内の総鎮守として祭祀が続けられた。
本渡諏訪神社は弘安6年から寛永20年(1643)までの360年間、山口の里に鎮座した。現在も天草市本渡町山口には、最初の鎮座地を伝える「諏訪神社旧趾」の記念碑が残されている。
寛永14年(1637)に始まった天草・島原の乱では、一揆勢の兵火によって社殿が焼失し、神宝や旧記も失われた。乱の終結後、天草は幕府領となり、初代代官として鈴木重成が赴任した。鈴木重成は島内の神社や寺院の復旧を進め、本渡諏訪神社の社殿も造営した。寛永20年(1643)、神社は山口の里から海岸浜宮の地へ遷座した。第2次鎮座地は現在の本渡中央銀天街付近にあたる。
鈴木重成は、当時8月1日に行われていた例大祭に合わせて7日間の農具市を開かせた。農具市は次第に雑貨なども扱う市へ広がり、「本渡の市」と呼ばれるようになった。幕末には九州三大市の一つとされるまでになった。明治32年(1899)には悪疫の流行により、例大祭と本渡の市の開催日が11月1日に変更された。
大正4年(1915)、本渡諏訪神社は旧庄屋大谷家の屋敷跡であった現在地へ遷座した。大正6年(1917)には町山口諏訪神社から「本渡諏訪神社」へ社名を改めた。昭和3年(1928)には神幸祭が復活し、昭和20年(1945)8月1日に県社へ昇格した。
本殿は文久3年(1863)の建立で、入母屋造である。拝殿は入母屋造銅板葺で、平成2年(1990)11月に改修された。境内には事代主大神を祀る恵比須神社や、氏子の戦没者を祀る御霊神社などが鎮座する。御霊神社は昭和24年(1949)に創建された。
社殿前の大蘇鉄は、大正4年(1915)の現在地への遷座を記念し、翌大正5年(1916)に氏子から奉納されたものである。「諏訪神社の大蘇鉄」として昭和47年(1972)9月27日に天草市の天然記念物に指定されている。
例大祭は11月1日から行われ、「本渡の市」を伴う。神幸行列や伝統神事が行われるほか、境内周辺では菊花展、植木市、露店市などが催される。
  • 県社
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出典
公式サイト
http://www.hondo-suwa.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E6%B8%A1%E8%AB%8F%E8%A8%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE