男女神社 - 神社ファン

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男女神社

なんにょじんじゃ

佐賀県佐賀市大和町大字久留間5109

😞 🙁 😐 🙂 😄

佐賀県佐賀市大和町大字久留間5109

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 子供
  • 家庭
男女神社には

「恋愛系」「子供系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

縁結び 子宝 安産 夫婦家庭円満 家内安全 子育て

御祭神

伊奘諾尊 いざなぎのみこと
伊奘冉尊 いざなみのみこと
底筒之男神 そこつつのおのみこと
中筒之男神 なかつつのおのみこと
上筒之男神 うわつつのおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

男女神社は佐賀県佐賀市に鎮座する神社。御祭神は伊奘諾尊、伊奘冉尊、底筒之男神、中筒之男神、上筒之男神の5柱をまつる。
社格は旧村社。
男女神社の創建は約700年前から800年前とされ、鎌倉時代にはすでに存在していたと伝えられる。神社は佐賀市大和町大字久留間の今山南麓に鎮座する。
中世の今山は仏教が栄えた霊地であったと伝えられる。男女神社は東の谷に講堂棟、西の谷に楼門を備える大社であり、南東約800mにあった光明寺の座主が神座を勤めていたとされる。光明寺は現在は廃寺となっている。
元亀元年(1570年)、今山の合戦が起こった。豊後国の大友宗麟と肥前国の龍造寺隆信が対立し、大友軍は今山に陣を敷いた。本陣は男女神社東方の赤坂山中腹に置かれた。鍋島直茂は佐賀城を出陣し、近隣の武将とともに今山へ向かった。鍋島勢は地元の山伏の案内により男女神社西側の谷筋から山中へ入り、大友軍の背後に布陣した。
翌朝、鍋島勢は鐘を合図に攻撃を開始した。大友軍は総崩れとなり、総大将の大友親貞は討死した。この戦いによって男女神社は焼失し、社宝や古文書も失われたと伝えられている。
承応3年(1654年)、男女神社は佐賀藩初代藩主鍋島勝茂と初代小城藩主鍋島元茂の出資によって再建された。鍋島元茂は今山の古戦場跡に正勝寺を建立した。正勝寺は現在も横馬場地区に所在する。
大正15年(1926年)には佐賀で陸軍特別大演習が実施され、御前講和によって今山の合戦を題材とした演習が行われた。昭和6年(1931年)には陸軍大学校の参謀演習に際し秩父宮雍仁親王が当地を訪れ、前方の小円墳上に記念碑が建立された。
境内には拝殿や本殿が建ち、今山南麓からは佐賀平野や有明海を望むことができる。本殿右側にはオガタマノキが生育しており、推定樹齢200年、樹高13m、幹周1.7mを測る。この木は佐賀市の保存樹に指定されている。
例祭は毎年4月27日に斎行される。このほか歳旦祭、祈年祭、新嘗祭などの神事が執り行われている。境内周辺には今山の合戦に関する伝承地が残り、地域の歴史とともに受け継がれている。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

新年祭・歳旦祭 1月1日
節分祭 2月3日
祈年祭 2月27日
例祭 4月27日
新嘗祭 11月3日
月並祭 毎月1日・15日

文化財

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建築

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神紋

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出典
公式サイト
http://nannyojinja.or.jp/