金立神社 佐賀県 - 神社ファン

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金立神社

きんりゅうじんじゃ

佐賀県佐賀市金立町大字金立2467

佐賀県佐賀市金立町大字金立2467

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
金立神社には

「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 商売繁盛 祈雨 止雨 治水

御祭神

保食神 うけもちのかみ
罔象売女命 みずはめのみこと
秦の徐福 しんのじょふく

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系」 「ミヅハノメ系」 「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

金立神社は佐賀県佐賀市に鎮座する神社。御祭神は保食神、罔象売女命、秦の徐福の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
金立神社は、佐賀市北部にそびえる金立山に鎮座する古社である。創建年代は明らかではないが、金立神の名は平安時代の史料に見え、貞観2年(860)に従五位下、元慶8年(884)に従五位上の神階を授けられたことが記録されている。
祭神の一柱である徐福は、秦の始皇帝の命を受け、不老長寿の薬を求めて東方へ渡った人物として伝えられる。佐賀に伝わる徐福伝説では、徐福一行は海を渡って浮盃の地に上陸したとされる。佐賀県立博物館に所蔵される金立神社縁起図には、徐福一行が船で浮盃江へ向かう様子が描かれている。
伝承によれば、徐福は上陸後に佐賀平野の北方に位置する金立山へ入り、この地に留まったという。金立神社の由緒では、徐福は孝霊天皇の時代に来朝した秦人とされており、現在も祭神として祀られている。
鎌倉時代の金立神社は社領10町歩を有していた。中世を通じて金立山の信仰とともに存続し、地域の人々から崇敬を集めた。
江戸時代になると、金立神社は雨乞いや日乞いの神として広く信仰されるようになった。佐賀藩主をはじめ多くの人々が参拝し、雨乞い祈願に伴う神事や浮立などの芸能も行われた。こうした信仰や祭礼は長く受け継がれ、現在まで伝えられている。
金立山中腹に鎮座する上宮は、昭和48年(1973)2月11日に佐賀市の史跡に指定された。境内には「湧出御宝石」と呼ばれる巨石があり、古くから信仰の対象となってきた。また、上宮には石造の本社神殿と拝殿が残されており、これらは佐賀市の文化財に指定されている。
社宝としては、徐福伝説を描いた金立神社縁起図や徐福採薬図が伝わる。縁起図には徐福一行の渡来に関する場面が描かれ、徐福採薬図とともに金立神社に伝わる伝承を伝える資料となっている。
例祭は毎年10月20日に執り行われる。金立神社には徐福に関する伝承、金立山への信仰、雨乞いに関わる祭礼や芸能が伝えられており、現在も地域の人々によって祭祀が継承されている。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

上宮 上宮
保食神
うけもちのかみ
岡象売命
みずはめのみこと
秦の徐福
奥宮 奥宮
祭神不明
中宮 中宮
保食神
うけもちのかみ
岡象売命
みずはめのみこと
秦の徐福
境内社 甲羅弁財天
弁財天

例祭

情報募集

文化財

絹本淡彩金立神社縁起図
佐賀市 重要文化財
文化財種別不明 昭和47年2月11日指定
金立神社上宮
佐賀市 史跡
文化財種別不明 昭和48年2月11日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
佐賀市
https://www.city.saga.lg.jp/main/200.html