有名度
関脇祐徳稲荷神社
ゆうとくいなりじんじゃ
佐賀県鹿島市古枝乙1855
佐賀県鹿島市古枝乙1855

JNN360(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
祐徳稲荷神社は、日本三大稲荷の一つに数えられる佐賀県を代表する名社です。商売繁盛や家運隆盛の神として信仰を集め、鮮やかな朱塗りの社殿が山の斜面に重なり合う姿は圧巻です。境内からは有明海や鹿島の町並みを一望でき、春の桜や秋の紅葉も美しく彩ります。海外からの参拝者も多く、“鎮西日光”とも称される華やかな景観が魅力です。祈りと美が調和した、日本屈指の格式を誇る神社です。
祐徳稲荷神社以外にも 鎮西日光 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 金運
- 安全
- 家庭
祐徳稲荷神社には
「恋愛系」「仕事系(有名)」「金運系」「安全系(有名)」「家庭系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
商売繁昌 家運繁栄 大漁満足 交通安全
御祭神
倉稲魂大神 うがのみたまのおおかみ
大宮売大神 おおみやのめのおおかみ
猿田彦大神 さるたひこのおおかみ
神社系統
主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
祐徳稲荷神社は佐賀県鹿島市にある神社。倉稲魂大神、大宮売大神、猿田彦大神を主祭神とする。
社格は別表神社、旧県社。
伏見稲荷大社、笠間稲荷神社とともに「日本三大稲荷」のひとつに数えられる。石壁山の斜面に建つ華麗な社殿群から「鎮西日光」とも称され、商売繁盛や家運繁栄、交通安全などの神として広く信仰されている。
創建は貞享4年(1687)。肥前鹿島藩主・鍋島直朝の夫人である花山院萬子媛が、京都御所内の花山院邸にまつられていた稲荷大神の御分霊を勧請し、石壁山に社殿を建立したことに始まる。
萬子媛は京都の公家・花山院定好の娘で、寛文2年(1662)に鍋島直朝へ輿入れする際、父から稲荷大神の神霊を奉遷した神鏡を授けられた。この神鏡を大切にまつり続け、後に現在の祐徳稲荷神社へとつながる信仰の中心とした。
萬子媛は2人の子を早くに亡くし、その後は神仏への信仰をいっそう深めた。貞享4年(1687)に祐徳院を創立すると、自ら神仏に奉仕する生活に入り、祈りの日々を送った。祐徳稲荷神社の「祐徳」の名も、この祐徳院に由来する。
宝永2年(1705)、萬子媛は石壁山に設けられた「寿蔵」にこもり、断食して入定したと伝えられている。その後、萬子媛自身も篤い信仰を集めるようになった。明治時代の神仏分離によって境内から仏教的要素が整理されると、萬子媛が入定した寿蔵の場所は石壁神社となり、「萬媛命」として正式にまつられた。
石壁神社は現在も境内の重要な信仰の場所となっている。その傍らには、萬子媛が吉凶を占うために用いたと伝えられる「水鏡」が残されており、祐徳稲荷神社の創建に深く関わった萬子媛の信仰を現在に伝えている。
祐徳稲荷神社は江戸時代を通じて鹿島藩鍋島家の崇敬を受けながら発展したが、昭和24年(1949)5月の火災によって大きな被害を受けた。本殿や社務所をはじめとする主要な建物が焼失し、境内の景観は大きく失われた。
火災後は氏子や崇敬者の協力によって復興が進められ、現在の本殿は昭和32年(1957)に完成した。その後も境内の整備や社殿の復興が続けられ、昭和45年(1970)からは復興を記念する再建記念祭が行われるようになった。
現在の本殿は石壁山の斜面を利用した高さ約18メートルの舞台上に建てられている。山の斜面から大きく張り出す舞台と極彩色の本殿が一体となった姿は祐徳稲荷神社を代表する景観であり、境内からは鹿島の町並みを見渡すことができる。
本殿をはじめ神楽殿や楼門などの主要社殿は、総漆塗の鮮やかな極彩色で仕上げられている。朱を基調とした社殿に精緻な装飾が施され、石壁山の緑と華麗な建築が調和する景観から「鎮西日光」の異名で呼ばれるようになった。
なかでも楼門は日光東照宮の陽明門を参考に造られた華麗な建築である。楼門内部には有田焼で造られた神像が安置され、壁面には柿右衛門様式の菊や今右衛門様式の牡丹が配されるなど、佐賀を代表する陶磁器文化を取り入れた独特の装飾が施されている。
境内には社殿だけでなく、四季折々の植物を楽しめる日本庭園も整備されている。また、神社が所蔵する美術工芸品や武具などを収蔵・展示する祐徳博物館が設けられ、祐徳稲荷神社や鹿島藩に関わる歴史資料を伝えている。
京都から鹿島へ輿入れした萬子媛が稲荷大神の神霊を奉じ、祐徳院を開いたことに始まる祐徳稲荷神社は、江戸時代から現在まで稲荷信仰の重要な神社として発展してきた。昭和の大火を乗り越えて再建された極彩色の本殿や楼門、萬子媛の入定地にまつられる石壁神社など、境内には創建から現在まで続く信仰の歴史が色濃く残されている。
社格は別表神社、旧県社。
伏見稲荷大社、笠間稲荷神社とともに「日本三大稲荷」のひとつに数えられる。石壁山の斜面に建つ華麗な社殿群から「鎮西日光」とも称され、商売繁盛や家運繁栄、交通安全などの神として広く信仰されている。
創建は貞享4年(1687)。肥前鹿島藩主・鍋島直朝の夫人である花山院萬子媛が、京都御所内の花山院邸にまつられていた稲荷大神の御分霊を勧請し、石壁山に社殿を建立したことに始まる。
萬子媛は京都の公家・花山院定好の娘で、寛文2年(1662)に鍋島直朝へ輿入れする際、父から稲荷大神の神霊を奉遷した神鏡を授けられた。この神鏡を大切にまつり続け、後に現在の祐徳稲荷神社へとつながる信仰の中心とした。
萬子媛は2人の子を早くに亡くし、その後は神仏への信仰をいっそう深めた。貞享4年(1687)に祐徳院を創立すると、自ら神仏に奉仕する生活に入り、祈りの日々を送った。祐徳稲荷神社の「祐徳」の名も、この祐徳院に由来する。
宝永2年(1705)、萬子媛は石壁山に設けられた「寿蔵」にこもり、断食して入定したと伝えられている。その後、萬子媛自身も篤い信仰を集めるようになった。明治時代の神仏分離によって境内から仏教的要素が整理されると、萬子媛が入定した寿蔵の場所は石壁神社となり、「萬媛命」として正式にまつられた。
石壁神社は現在も境内の重要な信仰の場所となっている。その傍らには、萬子媛が吉凶を占うために用いたと伝えられる「水鏡」が残されており、祐徳稲荷神社の創建に深く関わった萬子媛の信仰を現在に伝えている。
祐徳稲荷神社は江戸時代を通じて鹿島藩鍋島家の崇敬を受けながら発展したが、昭和24年(1949)5月の火災によって大きな被害を受けた。本殿や社務所をはじめとする主要な建物が焼失し、境内の景観は大きく失われた。
火災後は氏子や崇敬者の協力によって復興が進められ、現在の本殿は昭和32年(1957)に完成した。その後も境内の整備や社殿の復興が続けられ、昭和45年(1970)からは復興を記念する再建記念祭が行われるようになった。
現在の本殿は石壁山の斜面を利用した高さ約18メートルの舞台上に建てられている。山の斜面から大きく張り出す舞台と極彩色の本殿が一体となった姿は祐徳稲荷神社を代表する景観であり、境内からは鹿島の町並みを見渡すことができる。
本殿をはじめ神楽殿や楼門などの主要社殿は、総漆塗の鮮やかな極彩色で仕上げられている。朱を基調とした社殿に精緻な装飾が施され、石壁山の緑と華麗な建築が調和する景観から「鎮西日光」の異名で呼ばれるようになった。
なかでも楼門は日光東照宮の陽明門を参考に造られた華麗な建築である。楼門内部には有田焼で造られた神像が安置され、壁面には柿右衛門様式の菊や今右衛門様式の牡丹が配されるなど、佐賀を代表する陶磁器文化を取り入れた独特の装飾が施されている。
境内には社殿だけでなく、四季折々の植物を楽しめる日本庭園も整備されている。また、神社が所蔵する美術工芸品や武具などを収蔵・展示する祐徳博物館が設けられ、祐徳稲荷神社や鹿島藩に関わる歴史資料を伝えている。
京都から鹿島へ輿入れした萬子媛が稲荷大神の神霊を奉じ、祐徳院を開いたことに始まる祐徳稲荷神社は、江戸時代から現在まで稲荷信仰の重要な神社として発展してきた。昭和の大火を乗り越えて再建された極彩色の本殿や楼門、萬子媛の入定地にまつられる石壁神社など、境内には創建から現在まで続く信仰の歴史が色濃く残されている。
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神社詳細
公式URL
格式
別表神社 県社
称号・その他
日本三大稲荷 日本四大稲荷 日本五大稲荷 日本六大稲荷
摂末社・境内社
例祭
元旦祭 1月元旦
初午祭 2月初午の日
節分祭 2月3日
例大祭 3月初午の日
春季大祭(春祭) 4月8日
石壁社春祭 5月10日
お田植祭 6月中旬
岩崎社祭 7月
夏祭 8月1日
石壁社秋祭 9月10日
再建記念祭 10月第1日曜日
抜穂祭 9月下旬~10月上旬
七五三祭 11月15日
秋季大祭(お火たき) 12月8日
年越大祓 12月31日
初午祭 2月初午の日
節分祭 2月3日
例大祭 3月初午の日
春季大祭(春祭) 4月8日
石壁社春祭 5月10日
お田植祭 6月中旬
岩崎社祭 7月
夏祭 8月1日
石壁社秋祭 9月10日
再建記念祭 10月第1日曜日
抜穂祭 9月下旬~10月上旬
七五三祭 11月15日
秋季大祭(お火たき) 12月8日
年越大祓 12月31日
文化財
祐徳稲荷神社境内社 命婦社
佐賀県 重要文化財
建造物 昭和52年3月11日指定
建造物 昭和52年3月11日指定
太刀(銘備州長船康光 應永卅年三月日)
佐賀県 重要文化財
工芸品 昭和61年3月19日指定
工芸品 昭和61年3月19日指定
鹿島鍋島家史料
佐賀県 重要文化財
歴史資料 昭和56年3月16日指定
歴史資料 昭和56年3月16日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.yutokusan.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%90%E5%BE%B3%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE
佐賀県
https://www.pref.saga.lg.jp/list02364.html
http://www.yutokusan.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%90%E5%BE%B3%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE
佐賀県
https://www.pref.saga.lg.jp/list02364.html
