有名度
前頭上位大富神社
おおとみじんじゃ
福岡県豊前市四郎丸256番
福岡県豊前市四郎丸256番

Geneast(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
大富神社以外にも 宗像八幡社 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 仕事
- 学業
- 金運
- 安全
- 厄除
- 勝負
大富神社には
「仕事系」「学業・技芸系」「金運系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
航海安全 海業守護 厄払い 文芸上達 海上安全 豊漁 財運向上 国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
中央殿
住吉大神 すみよしのおおかみ
東殿
宗像大神 むなかたのおおかみ
西殿
八幡大神 はちまんのおおかみ
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大富神社は福岡県豊前市に鎮座する神社。御祭神は住吉大神、宗像大神、八幡大神の3柱をまつる。
社格は国史見在社であり、旧県社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。神社に伝わる縁起では、崇神天皇5年に当地で疫病が流行した際、国主が神に祈らせると疫病が収まったと伝える。また、宗像大神が真早という人物に神託を下し、山田原に神殿を建てて宗像大神を祀ったとの伝承が残る。
天武天皇元年(672)には、横武行次という人物に神託が下り、八幡大神・住吉大神・斎主神が合祀されたと伝わる。以後、宗像八幡宮とも称された。境内南方の山頂には船石と呼ばれる磐座があり、神功皇后がこの石の上で祈ったところ、石が船のように動いたとの伝承が残されている。
天平12年(740)に藤原広嗣の乱が起こると、田勢麻呂や上毛郡擬大領の紀宇麻呂らが出兵した。翌天平13年(741)の凱旋に際し、八屋八尋浜に神輿を奉納して茅輪神事などを行ったと伝えられ、現在の神幸祭の起源とされる。
貞観2年(860)には、朝廷から大富神に従五位下が授けられた。宇佐神宮への勅使参向の際には、境内の井戸の水が炊事や茶の水に用いられた。この井戸は勅使井と呼ばれ、現在も宇佐神宮への勅使参向に際して御神水が献上されている。
鎌倉時代に宇佐宮弥勒寺領の山田荘が成立すると、大富神社は山田荘の鎮守となり、14カ村余りの総社として祀られた。その後は当地を治めた宇都宮氏の崇敬を受け、室町時代から江戸時代にかけて社殿の造営が重ねられた。これらの造営を記録した11枚の棟札が現存する。
宝永6年(1709)の絵図には、神殿・拝殿・廻廊・楼門が描かれている。現在の本殿は嘉永5年(1852)に再建されたもので、総ケヤキ造で各所に細かな彫刻が施されている。屋根は檜皮葺で、入母屋造の正面に唐破風と千鳥破風を設ける。室町時代から江戸時代までの社殿造営を記録した「大富神社の棟札11枚」は、昭和31年(1956)7月28日に福岡県指定有形民俗文化財に指定された。
春季神幸祭は毎年4月30日と5月1日に行われる。3基の神輿を中心とする行列が大富神社から八屋の八尋浜にある御旅所へ向かい、船形や笠鉾、飾山、踊り車などが供奉する。神幸祭は福岡県指定無形民俗文化財となっている。
神幸祭では隔年で感応楽が奉納される。太鼓・笛・鉦・大団扇などを用いる楽打で、文化11年(1814)には藩命による雨乞い神事で「四郎丸楽」が奏された記録が残る。感応楽は国の重要無形民俗文化財に指定され、現在も大富神社で奉納されている。
社格は国史見在社であり、旧県社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。神社に伝わる縁起では、崇神天皇5年に当地で疫病が流行した際、国主が神に祈らせると疫病が収まったと伝える。また、宗像大神が真早という人物に神託を下し、山田原に神殿を建てて宗像大神を祀ったとの伝承が残る。
天武天皇元年(672)には、横武行次という人物に神託が下り、八幡大神・住吉大神・斎主神が合祀されたと伝わる。以後、宗像八幡宮とも称された。境内南方の山頂には船石と呼ばれる磐座があり、神功皇后がこの石の上で祈ったところ、石が船のように動いたとの伝承が残されている。
天平12年(740)に藤原広嗣の乱が起こると、田勢麻呂や上毛郡擬大領の紀宇麻呂らが出兵した。翌天平13年(741)の凱旋に際し、八屋八尋浜に神輿を奉納して茅輪神事などを行ったと伝えられ、現在の神幸祭の起源とされる。
貞観2年(860)には、朝廷から大富神に従五位下が授けられた。宇佐神宮への勅使参向の際には、境内の井戸の水が炊事や茶の水に用いられた。この井戸は勅使井と呼ばれ、現在も宇佐神宮への勅使参向に際して御神水が献上されている。
鎌倉時代に宇佐宮弥勒寺領の山田荘が成立すると、大富神社は山田荘の鎮守となり、14カ村余りの総社として祀られた。その後は当地を治めた宇都宮氏の崇敬を受け、室町時代から江戸時代にかけて社殿の造営が重ねられた。これらの造営を記録した11枚の棟札が現存する。
宝永6年(1709)の絵図には、神殿・拝殿・廻廊・楼門が描かれている。現在の本殿は嘉永5年(1852)に再建されたもので、総ケヤキ造で各所に細かな彫刻が施されている。屋根は檜皮葺で、入母屋造の正面に唐破風と千鳥破風を設ける。室町時代から江戸時代までの社殿造営を記録した「大富神社の棟札11枚」は、昭和31年(1956)7月28日に福岡県指定有形民俗文化財に指定された。
春季神幸祭は毎年4月30日と5月1日に行われる。3基の神輿を中心とする行列が大富神社から八屋の八尋浜にある御旅所へ向かい、船形や笠鉾、飾山、踊り車などが供奉する。神幸祭は福岡県指定無形民俗文化財となっている。
神幸祭では隔年で感応楽が奉納される。太鼓・笛・鉦・大団扇などを用いる楽打で、文化11年(1814)には藩命による雨乞い神事で「四郎丸楽」が奏された記録が残る。感応楽は国の重要無形民俗文化財に指定され、現在も大富神社で奉納されている。
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神社詳細
摂末社・境内社
境内社 築上蚕神社
祭神不明境内社 神社名不明
祭神不明境内社 神社名不明
祭神不明例祭
節分祭 2月3日
春季神幸祭(八屋祇園) 4月29日~5月1日
抜穂祭 9月
春季神幸祭(八屋祇園) 4月29日~5月1日
抜穂祭 9月
文化財
大富神社の棟札十一枚
福岡県 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和31年7月28日指定
文化財種別不明 昭和31年7月28日指定
山田の感応楽
福岡県 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和29年5月15日指定
文化財種別不明 昭和29年5月15日指定
大富神社の神幸祭(八屋祇園)
福岡県 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和31年7月28日指定
文化財種別不明 昭和31年7月28日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AF%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福岡県
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AF%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福岡県
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/
