豊山八幡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

豊山八幡神社

とよやまはちまんじんじゃ

福岡県北九州市八幡東区春ノ町4-4-1

福岡県北九州市八幡東区春ノ町4-4-1

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
豊山八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

帶仲津日子命 たらしなかつひこのみこと
譽田和気命 ほんだわけのみこと
息長帶比賣命 おきながたらしひめのみこと
宇遲和紀郎子命 うじわきいらつこのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

豊山八幡神社は福岡県北九州市八幡東区に鎮座する神社。御祭神は帶仲津日子命、譽田和気命、息長帶比賣命、宇遲和紀郎子命の4柱をまつる。
神功皇后は、筑前宇美町で応神天皇を出産した後、穂波郡大分村から小倉村へ向かう途中、この地を治めていた岡県主熊鰐から応神天皇の御衣を献上されたと伝えられる。神功皇后は三韓征伐で用いた御弓矢を山中に納めて天下泰平を祈り、この山を豊山と名付けたとされる。
推古天皇の御代、新羅国が任那へ侵攻した際、大和朝廷は境部雄麻呂と中臣連国を大将軍として派遣した。軍団は洞海から入港して軍を整えたが、その際に霊鳩が軍艦へ群がり、八幡大神の神託があったと伝えられる。帰朝後、神託に従って前田村巽の森茎船に八幡大神を鎮祭し、岡県主彦足が神主として奉仕したという。森茎船は貴船田とも呼ばれ、かつては大きな礎石や布目菊形の古瓦が残されていたと伝わる。
その後、光孝天皇の御代に大宮司岡県主年麻呂が神託を受け、御神体を現在地へ遷座した。あわせて大宰府官人の奉行により神殿が建立されたとされる。
尾倉村の発展に伴い、豊山八幡神社は尾倉・前田・大蔵・枝光・鳥旗・中原の六ヶ村の総鎮守となった。また、各村に鎮守神社が必要となった際には、豊山八幡神社の分霊がそれぞれの氏神として祀られたと伝えられる。
境内には創建1400年を記念して奉納された鉄の大しめ縄がある。鉄の棒3本をねじり合わせて作られたもので、長さ約5m、重さ約200kgを誇る。
年中行事としては、元旦祭、どんど焼き、節分祭、春季大祭、夏越大祓い祭、秋季大祭などが執り行われている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://toyoyama.chu.jp/