有名度
前頭篠山神社
ささやまじんじゃ
福岡県久留米市篠山町444
福岡県久留米市篠山町444

かんたんご利益
- 仕事
- 子供
篠山神社には
「仕事系」「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
安全祈願 諸願成就 事業繁栄
御祭神
有馬豊氏公命 ありまとようじこうのみこと
有馬頼徸公命 ありまよりゆきこうのみこと
有馬頼永公命 ありまよりとうこうのみこと
有馬頼咸公命 ありまよりしげこうのみこと
有馬頼寧公命 ありまよりやすこうのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
篠山神社は福岡県久留米市に鎮座する神社。御祭神は有馬豊氏公命、有馬頼徸公命、有馬頼永公命、有馬頼咸公命、有馬頼寧公命の5柱をまつる。
社格は旧県社。
篠山神社は久留米城本丸跡に鎮座する。明治維新後、旧久留米藩の藩士と藩民が旧藩主有馬氏を祀る神社の創建を願い出て、明治10年(1877年)7月25日に官許を受け、藩祖の有馬豊氏公命と10代藩主有馬頼永公命を祀った。明治12年(1879年)には社殿が建立され、同年7月15日に篠山神社として県社に列せられた。社号は久留米城の別名である篠山城にちなむ。
その後、明治32年(1899年)に11代藩主有馬頼咸公命、明治45年(1912年)3月19日に7代藩主有馬頼徸公命が合祀された。さらに14代当主有馬頼寧公命も祭神に加えられている。有馬頼寧は農政や競馬界で活動した人物で、その名は中央競馬の重賞競走である有馬記念に残されている。
本殿は明治12年(1879年)の建築で、木造平屋建、銅板葺の三間社入母屋造妻入、三間向拝付の社殿である。令和4年(2022年)10月31日には本殿、中門、透塀が国の登録有形文化財に登録された。中門は一間平唐門で、本殿と拝殿の間に建ち、蟇股には有馬家の左三つ巴、懸魚の六葉には竜胆車が用いられている。透塀は本殿を囲むように延び、石積や竪格子を備える。境内には久留米城跡の石垣や内濠も残されている。
社格は旧県社。
篠山神社は久留米城本丸跡に鎮座する。明治維新後、旧久留米藩の藩士と藩民が旧藩主有馬氏を祀る神社の創建を願い出て、明治10年(1877年)7月25日に官許を受け、藩祖の有馬豊氏公命と10代藩主有馬頼永公命を祀った。明治12年(1879年)には社殿が建立され、同年7月15日に篠山神社として県社に列せられた。社号は久留米城の別名である篠山城にちなむ。
その後、明治32年(1899年)に11代藩主有馬頼咸公命、明治45年(1912年)3月19日に7代藩主有馬頼徸公命が合祀された。さらに14代当主有馬頼寧公命も祭神に加えられている。有馬頼寧は農政や競馬界で活動した人物で、その名は中央競馬の重賞競走である有馬記念に残されている。
本殿は明治12年(1879年)の建築で、木造平屋建、銅板葺の三間社入母屋造妻入、三間向拝付の社殿である。令和4年(2022年)10月31日には本殿、中門、透塀が国の登録有形文化財に登録された。中門は一間平唐門で、本殿と拝殿の間に建ち、蟇股には有馬家の左三つ巴、懸魚の六葉には竜胆車が用いられている。透塀は本殿を囲むように延び、石積や竪格子を備える。境内には久留米城跡の石垣や内濠も残されている。
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神社詳細
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出典
公式サイト
http://sasayamajinja.com/
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