有馬豊氏 神社の神様 - 神社ファン

有馬豊氏

ありまとようじ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
有馬豊氏

篠山神社所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名

安土桃山~江戸 [1569年~1642年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 有馬豊氏とは?

    有馬豊氏(1569-1642)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名、武将。久留米藩有馬家2代、丹波国福知山藩主、筑後国久留米藩初代藩主。父は有馬則頼。若い頃から父と各地を転戦したのち、姉婿の渡瀬繁詮の家老となった。1595年に繁詮が秀次事件で切腹させられると、豊臣秀吉の命で繁詮の所領と家臣を引き継ぎ、遠江国横須賀3万石の大名となった。秀吉の死後は徳川家康に従い、淀城の守備を務めて御伽衆として厚遇を受ける。関ヶ原の戦いにも参陣、父・則頼とともに戦功を挙げ丹羽国福知山6万石に加増転封された。その後父が死去すると遺領の有馬郡三田2万石も継承。初代福地山藩主として町を作り上げた。大坂の陣にも参戦し戦功を挙げ、1620年には筑後国久留米21万石に加増転封され、ついに国持ち大名となる。久留米城は当時雨を凌ぐ場所さえないほどに破却されていたが、福島城など廃城の資材を利用して久留米城の修築をしたという。島原の乱にも老齢ながら自ら参陣したが、負傷者や戦死者を多く出した。1642年、久留米城の完成を見ぬままに74歳の生涯を閉じた。令和3年には、豊氏が久留米城に入城して400年となる。 福岡県久留米市篠山町にある篠山神社は、豊氏ら久留米藩を治め功績を残した藩主たちを主祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    篠山神社
    (福岡県久留米市篠山町444)