有馬頼寧 神社の神様 - 神社ファン

有馬頼寧

ありまよりやす

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
有馬頼寧

国立国会図書館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • その他

明治~昭和 [1884年~1957年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 有馬頼寧とは?

    有馬頼寧(1884-1957)は、日本の伯爵、政治家、農政研究者、農林大臣。旧筑後国久留米藩主有馬家第15代当主。日本中央競馬会第2代理事長。プロ野球球団オーナー。父は伯爵・有馬頼万、母は岩倉具視娘・寛子。学習院の初等科~高等科と東京帝国大学農科卒業を経て、1年程欧州外遊をしたのちに農商務省に入省、母校の東京帝国大学農科で助教授となって教鞭をとった。その他にも女子教育や部落解放運動、農民や被災者遺児の救済などにも尽力した。しかし家計が傾いたため、その後は社会運動からは身を引き、政治活動に集中することとなった。1924年に立憲政友会から第15回衆議院議員総選挙に出馬して当選。1932年に斎藤内閣で農林政務次官、1937年に第1次近衛内閣の農林大臣となる。日中戦争拡大の中、大政翼賛会の設立にかかわり初代事務局長となったが、翌年辞任し、それ以降公職から退いた。太平洋戦争の終戦後、A級戦犯として捕らえられたが無罪を認められ釈放。「なぜ自分が戦犯になったのかわからない」と語った。晩年は競馬の発展や大衆化に尽力。有馬記念は頼寧の競馬への功績を称えるため、中山グランプリが改称されたものである。 福岡県久留米市の久留米城跡に鎮座する篠山神社は、有馬豊氏らとともに頼寧を主祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    篠山神社
    (福岡県久留米市篠山町444)