天忍穂別神社 - 神社ファン

有名度

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天忍穂別神社

あめのおしほわけじんじゃ

高知県香南市香我美町山川字スズガサコ1024番1025番

高知県香南市香我美町山川字スズガサコ1024番1025番

石段と拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

天忍穂別神社以外にも 石舟神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(0柱)」 「ワタツミ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

天忍穂別神社は高知県香南市に鎮座する神社。御祭神は天忍穗別神、饒速日尊、海津見神の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
天忍穂別神社の創祀年代は確認できない。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には、土佐国香美郡の式内社として天忍穂別神社の名が記載されている。
中世の記録には、石舟に関わる社名が残されている。正和4年(1315年)2月の棟札には「御石舟社」と記され、物部末近の名が見える。元亨4年(1324年)4月15日の記録には「石船大明神社」の名があり、天正6年(1578年)2月2日の棟札にも「御石舟社」と記されている。この棟札には、檀那物部末延萬介尉、神右衛門尉の名も残されている。
江戸時代には、御石舟宮、石船大明神と称された。宝永2年(1705年)、谷秦山は『土佐国式社考』で東川村山川の社を調査し、式内社である天忍穂別神社に比定した。同年には社名が天忍穂別神社へ改められている。
伝承では、饒速日尊が父神である天忍穂別尊を慕い、石舟に乗って土佐へ飛来したとされる。饒速日尊は河内国の山から大和国桃尾山の麓を経て土佐国へ至り、物部川下流の上岡山に降り立ったという。その後、西川村、長谷の小村、峠の船戸、末延の水船、山川の舟谷を経て、現在のスミガサコの社地へ着いたと伝わる。
境内裏手には、饒速日尊が乗ってきたと伝わる舟形の自然石が残る。周辺には、船乗りたちが奉納した小型の石舟も伝わっている。石舟に関する伝承は、石舟神社、御石舟宮、石船大明神といった旧称にも残されている。
明治5年(1872年)、近代社格制度のもとで登録され、当初は県社に列した。その後、郷社となった。
天忍穂別神社(石舟神社)は、昭和53年(1978年)4月1日に史跡へ指定された。また、境内の石船神社のヒノキは、令和元年(2019年)7月3日に天然記念物へ指定されている。
祭事では、毎年11月15日に秋祭りが行われる。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%BF%8D%E7%A9%82%E5%88%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE