朝峯神社 - 神社ファン

有名度

前頭

朝峯神社

あさみねじんじゃ

高知県高知市介良乙1927

😞 🙁 😐 🙂 😄

高知県高知市介良乙1927

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
朝峯神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

火難除け 安産 夫婦円満 酒造守護 諸産業守護 海上安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

浅間・サクヤビメ系」 「不明(柱)」 「三島・大山祇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

朝峯神社は高知県高知市に鎮座する神社。御祭神は木之花咲耶姫命、爾爾伎之命、大山祇命の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
朝峯神社は、介良山(介良富士)の西麓に鎮座している。介良山は朝峯神社の神体山とされており、時期は不明ながら、富士山を祭祀する浅間神社の勧請によって創祀されたと伝わる。
周辺には宮の谷古墳、高間原古墳群、高天原古墳群など古墳時代後期の古墳が点在している。朝峯神社は、これらの古墳を築いた地域豪族との関係も指摘されている。
『日本三代実録』には、貞観8年(866年)6月20日に「朝岑神」が従五位下から従五位上へ昇叙された記録が見える。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では、土佐国長岡郡の式内社「朝峯神社」として記載されている。『和名抄』に見える気良郷が現在の鎮座地周辺に比定されている。
中世には当地の豪族である横山氏の崇敬を受け、横山氏による造営が棟札などに残されている。天正16年(1588年)の『介良庄地検帳』には「朝峯大明神」と記され、「一社、舞殿横殿、五間弐間、鳥居馬場」と社頭の規模が記録されているほか、多くの神領も記載されている。
江戸時代には、元文4年(1739年)の社殿修復をめぐり、近隣の西養寺との訴訟が『南路志』に記されている。明和2年(1765年)には、土佐藩主山内家の祈願所8社の一つに加えられた。
明治5年(1872年)、近代社格制度において郷社に列した。
本殿は拝殿から約10メートルほど高い場所に鎮座しており、「甕の巌屋」と呼ばれる女陰岩の前に建てられている。神社近くには、源頼朝の弟である源希義の霊を祀った西養寺の跡地があり、現在も希義の墓塔と伝わる無縫塔が残されている。
祭事では、7月10日の夏祭、10月第3日曜日の秋祭が行われる。秋祭の「朝峯神社祭礼」は、平成11年(1999年)7月15日に高知市指定無形民俗文化財に指定されている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E5%B3%AF%E7%A5%9E%E7%A4%BE