高知坐神社 - 神社ファン

有名度

前頭

高知坐神社

たかちにますじんじゃ

高知県宿毛市平田町戸内4233番

高知県宿毛市平田町戸内4233番

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 仕事
高知坐神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

豊漁 商売繁盛 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

えびす系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「祇園・須佐系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

高知坐神社は高知県宿毛市に鎮座する神社。御祭神は都味歯八重事代主神、大国主尊、素盞嗚尊の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建年代は確認できない。社伝では、第10代崇神天皇の時代、中央から派遣された波多国造の主天韓襲命の命により創祀されたと伝えられている。主天韓襲命は、平田町にある曽我山古墳の主とも伝承されている。
延喜5年(905年)から延長5年(927年)にかけて編纂された『延喜式神名帳』には、土佐国21社の神社が記載された。幡多郡には3社が載せられており、高知坐神社は枚田郷戸内村、現在の宿毛市平田町戸内に鎮座する神社として記録されている。
天正地検帳には、高持社御宮床内に三間四間の御宝殿、三間四間の舞殿、三間五間の横殿があったと記されている。近世以前の段階ですでに複数の社殿が整えられていたことが伝えられている。
江戸時代には、宿毛山内氏にあたる伊賀氏の崇敬を受けた。7代領主の山内源蔵氏篤は幼少期にたびたび病を患ったとされ、父の郷俊は高知坐神社へ平癒を祈願した。氏篤はその後成長し、明和5年(1768年)11月には嫡男の氏益とともに社殿の修復を行った。願主は氏益で、大工頭は中山喜平次行重、棟梁大工は北岡芳年具応であったと棟札に記されている。現在の本殿は、この修復時の棟札によって江戸時代中期の再建と伝えられている。
明治10年(1877年)1月2日には、拝殿と幣殿が落成した。拝殿と幣殿は1棟の建物として建てられ、現在の社殿構成につながっている。
本殿は桁行二間、梁間二間の三間社流造で、内陣と外陣に分かれている。社殿は三間四面の覆屋の内部に納められており、現在はガラス越しに拝観する形式となっている。
本殿には象鼻や蟇股などの彫刻が残されている。これらの彫刻は江戸初期頃の作とされ、桃山時代の彫刻の特徴を残していると記されている。高知坐神社本殿は、昭和30年(1955年)に高知県保護有形文化財へ指定された。
境内には、推定樹齢400年、樹高約30mとされるイチイガシが立つ。宝物として、獅子半身像や一条房家公奉納の鉢、鈴などが伝えられている。例祭は旧暦9月22日に行われる。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 三間社流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%9F%A5%E5%9D%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE