風伯神社 愛媛県西条市朔日町 - 神社ファン

有名度

前頭

風伯神社

ふはくじんじゃ

愛媛県西条市朔日町567番

愛媛県西条市朔日町567番

かんたんご利益

ご利益

風の神

御祭神

主祭神

級長津彦命 しなつひこのみこと

主祭神

級長津姫命 しなつひめのみこと

合祀

豊受姫命 とようけひめのみこと

合祀

大山津見命 おおやまつみのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

龍田系

です。
他に 「伊勢・神明系」 「三島・大山祇系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

風伯神社は愛媛県西条市に鎮座する神社。御祭神は級長津彦命、級長津姫命、豊受姫命、大山津見命の4柱をまつる。
社格は国史見在社であり、旧村社。
三代実録には、清和天皇の貞観17年(875年)3月29日に「授伊予国六位上風伯神」と記されている。風伯神社は、この記録に名を残す古社である。
社伝によれば、景行天皇の皇子・武国凝別命が伊勢神宮から伊予へ分霊を奉じた際、海上守護のために龍田の神を奉祀したことに始まると伝えられている。古伝では、奈良県生駒郡三郷町に鎮座する龍田大社から「風の神」として勧請されたとも伝わる。龍田大社は大和国の風神を祀る古社として知られ、のちに官幣大社に列した。当初、風伯神は同社に奉祀されていたが、のちに別宮として祀られるようになったという。
中世には社殿や古記録が伝えられていたが、天正年間の兵乱により古文書や棟札の多くが焼失したと伝わる。
その後、天正13年(1585年)には小早川氏による造営が行われた。豊臣政権下では小早川隆景が伊予国を領しており、西条周辺にも小早川氏の支配が及んでいた時期にあたる。
江戸時代に入ると、一柳氏が西条へ入封した。第1次西条藩は、一柳直盛が伊勢神戸から西条6万8600石へ転封されたことに始まる。直盛は赴任途中で没し、その後は長男の一柳直重が西条3万石を領した。一柳氏は西条陣屋を築造するにあたり、鬼門除けとして風伯神社を現在地へ奉遷したと伝えられている。現在地への移築は寛永13年(1636年)とされる。
境内では4月朔日と7月朔日に地方物産の市が盛大に開かれていた。この市には周辺地域から人々や物産が集まり、当地は朔日市と呼ばれるようになったという。
現在の境内には鳥居や社殿、手水場が整備されている。例祭は5月3日に行われ、神幸祭ではだんじりが随行する。夏越祭では茅の輪が設けられ、神楽奉納やだんじり太鼓奉納大会も行われている。
  • 村社
  • 国史見在社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 神明造

神紋

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出典
公式サイト
http://fuhakuzinnzya.blogspot.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E4%BC%AF%E7%A5%9E%E7%A4%BE