琴弾八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

琴弾八幡宮

ことひきはちまんぐう

香川県観音寺市八幡町1丁目1−1

香川県観音寺市八幡町1丁目1−1

拝殿

nnh(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 勝負
琴弾八幡宮には

「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

勝負の神様

御祭神

應神天皇 おうじんてんのう
神功皇后 じんぐうこうごう
玉依姫命 たまよりひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

琴弾八幡宮は香川県観音寺市に鎮座する神社。御祭神は應神天皇、神功皇后、玉依姫命の3柱をまつる。
社格は旧県社。
琴弾八幡宮は、香川県観音寺市の琴弾山山頂に鎮座する神社である。社伝では、大宝3年(703年)3月、琴弾山で修行していた法相宗の僧・日証上人の前に、琴を弾く老人を乗せた船が現れたと伝わる。老人は自らを八幡大明神であると告げ、日証上人は里人とともに船と琴を山上へ引き上げ、社殿を建てて祀ったとされる。このとき、神宮寺として宝光院も建立され、のちの観音寺につながったと伝えられている。
大同2年(807年)には、唐から帰国した空海が当地を訪れ、琴弾八幡の本地仏である阿弥陀如来を描いて本尊としたと伝わる。中世まで琴弾八幡宮と観音寺は神仏習合の霊場として一体であり、四国遍路が整えられると、第68番札所として信仰を集めた。明治時代の神仏分離によって琴弾八幡宮と観音寺は分離され、琴弾八幡宮にあった阿弥陀如来像は観音寺西金堂へ移されて神恵院の本尊となった。
源氏との関わりも伝わっている。源頼義は前九年の役の前に使者を遣わして願文を奉納し、源義家は社殿を造営して神馬を奉納したとされる。元暦2年(1185年)には、源義経が屋島の戦いの後に平氏追討を祈願し、鳥居と馬を奉納したと伝わる。源頼朝も社領を寄進したとされ、歴代武家から崇敬を受けた。
境内へは、琴弾公園入口に建つ大鳥居から続く381段の石段を上って向かう。山上には本殿をはじめ複数の社殿が並び、瀬戸内海や有明浜を望む景観でも知られている。
毎年10月には琴弾八幡宮大祭が行われる。祭礼では、金糸・銀糸・絹糸で飾られた「ちょうさ」と呼ばれる太鼓台9台が奉納される。太鼓台は三架橋を渡って琴弾八幡宮十王堂へ集まり、その後は観音寺の町を巡行する。秋の観音寺を代表する祭礼として、多くの参拝者や見物客でにぎわう。
  • 県社
  • 新四国曼荼羅霊場
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神社詳細

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文化財

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%B4%E5%BC%BE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE