有名度
前頭彦島八幡宮
ひこしまはちまんぐう
山口県下関市彦島迫町五丁目十二番九号
山口県下関市彦島迫町五丁目十二番九号

Senbei6304(wikipedia CC0)
かんたんご利益
- 仕事
- 子供
彦島八幡宮には
「仕事系」「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
安産の神 文化神 生産神
御祭神
庁
主祭神
配祀神
配祀神
配祀神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
彦島八幡宮は山口県下関市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、仁徳天皇の4柱をまつる。
社格は旧県社。
社伝では、保元元年(1156年)の保元の乱で敗れた河野通次が、園田一覚、二見右京、小川甚六、片山藤蔵、柴崎甚平らを率いて彦島へ逃れたと伝えられる。通次は伊予勝山城主で、彦島では農耕や漁を営んだという。
保元2年(1157年)、河野通次が沖で漁をしていた際、西南の海上に紫雲がたなびき、海中から光る物が現れた。通次が網で引き上げると、それは八幡尊像を刻んだ明鏡であった。通次は鏡を海辺の小島の榊へ移し、のちに祠を建てて鏡を納め、光格殿と名づけた。これが彦島八幡宮の起こりとされる。
平治元年(1159年)10月15日、河野通次は自ら祭主となり、宇佐神宮から御祭神を勧請して祭祀を行った。彦島八幡宮は灘八幡とも称され、宮の沖を通る船が半帆の礼をとったと伝えられる。
永暦元年(1160年)10月15日、河野通次は小川甚六と柴崎甚平に命じ、森の楠で八幡尊像を刻ませて光格殿へ奉納した。通次は甲冑を着け、弓を持ち、郎党や家人に榊を持たせて社前で舞い踊った。この伝承は、現在のサイ上リ神事の起源とされている。
その後、植田治郎、岡野将監、百合野民部、和田義信、登根金吾、富田刑部らが彦島へ移り住み、彦島十二苗祖と呼ばれた。正平4年(1349年)、河野通次から4代後の通久の代に、八幡大神の託宣によって現在地へ社殿が造営され、宮ノ原と称した。
天文21年(1552年)には大内義長が雄剣2腰を寄進した。宝暦年間(1751年〜1764年)には社人・神子8人と権大宮司が置かれ、明治5年(1872年)には毛利元敏が参拝し、雄剣1振と龍蹄1足を寄進している。
現存する御神殿は文政3年(1820年)に再建された。境内には仲哀天皇御駐蹕聖蹟碑と霊木弓立松の古株が残り、平成の御大典記念として2代目の松が植樹された。
例大祭は10月21日に近い土曜日・日曜日に行われる。特殊神事であるサイ上リ神事は山口県指定無形民俗文化財に指定されている。
社格は旧県社。
社伝では、保元元年(1156年)の保元の乱で敗れた河野通次が、園田一覚、二見右京、小川甚六、片山藤蔵、柴崎甚平らを率いて彦島へ逃れたと伝えられる。通次は伊予勝山城主で、彦島では農耕や漁を営んだという。
保元2年(1157年)、河野通次が沖で漁をしていた際、西南の海上に紫雲がたなびき、海中から光る物が現れた。通次が網で引き上げると、それは八幡尊像を刻んだ明鏡であった。通次は鏡を海辺の小島の榊へ移し、のちに祠を建てて鏡を納め、光格殿と名づけた。これが彦島八幡宮の起こりとされる。
平治元年(1159年)10月15日、河野通次は自ら祭主となり、宇佐神宮から御祭神を勧請して祭祀を行った。彦島八幡宮は灘八幡とも称され、宮の沖を通る船が半帆の礼をとったと伝えられる。
永暦元年(1160年)10月15日、河野通次は小川甚六と柴崎甚平に命じ、森の楠で八幡尊像を刻ませて光格殿へ奉納した。通次は甲冑を着け、弓を持ち、郎党や家人に榊を持たせて社前で舞い踊った。この伝承は、現在のサイ上リ神事の起源とされている。
その後、植田治郎、岡野将監、百合野民部、和田義信、登根金吾、富田刑部らが彦島へ移り住み、彦島十二苗祖と呼ばれた。正平4年(1349年)、河野通次から4代後の通久の代に、八幡大神の託宣によって現在地へ社殿が造営され、宮ノ原と称した。
天文21年(1552年)には大内義長が雄剣2腰を寄進した。宝暦年間(1751年〜1764年)には社人・神子8人と権大宮司が置かれ、明治5年(1872年)には毛利元敏が参拝し、雄剣1振と龍蹄1足を寄進している。
現存する御神殿は文政3年(1820年)に再建された。境内には仲哀天皇御駐蹕聖蹟碑と霊木弓立松の古株が残り、平成の御大典記念として2代目の松が植樹された。
例大祭は10月21日に近い土曜日・日曜日に行われる。特殊神事であるサイ上リ神事は山口県指定無形民俗文化財に指定されている。
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神社詳細
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出典
公式サイト
http://www.hikoshima-guu.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A6%E5%B3%B6%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/
http://www.hikoshima-guu.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A6%E5%B3%B6%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/
