重松神社 広島県 - 神社ファン

有名度

前頭

重松神社

しげまつじんじゃ

広島県東広島市安芸津町木谷字砂原415番地

広島県東広島市安芸津町木谷字砂原415番地

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
重松神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

重松神社は広島県東広島市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、神功皇后、宗像三女神、の3柱をまつる。
社格は旧村社。
重松神社は、古くは重松八幡宮と称したと伝わる。由緒では、宇佐神宮と厳島神社から神を勧請したとされる。創建年代は明らかではない。慶長年間(1596年〜1615年)には火災が発生し、伝記類を焼失したため、それ以前の詳しい沿革は伝わっていない。
重松神社には、江戸時代初期にさかのぼる資料が残されている。7代神主・大成影正に出された「神道裁許状」は、神職としての資格や職務を認める文書で、重松神社に現存する最古の古文書とされる。
また、重松八幡宮再建の際の棟札も伝わる。棟札は、社殿の建立や修理の年月、関係者などを記して社殿内に納める木札である。重松神社に残る棟札では、明暦4年(1658年)8月のものが最古と伝えられている。
8代神主・大成景次の神道裁許状には、重松神社のほか、吉名村の八幡宮、現在の光海神社、大浦の八幡宮、現在の日髙神社の3社の神主を務めるよう命ぜられていたことが記されている。木谷の重松神社と周辺地域の八幡宮との関係を伝える資料の一つとなっている。
境内には、本殿、神楽殿、祖霊社、護国神社、湯盛神社、稲荷神社、遙拝所、忠魂碑、慰霊碑などが建つ。遙拝所は昭和16年(1941年)に建立され、当時は伊勢の神宮、靖國神社、皇居を遙拝する施設として用いられた。忠魂碑は大正6年(1917年)に建立されたが、終戦後に取り壊され、昭和35年(1960年)に慰霊碑とともに再建された。
例祭は毎年10月第3日曜日に行われ、前日の土曜日には前夜祭が営まれる。例祭では大名行列が行われてきた。重松神社の記録では、神輿は1721年と1851年に製作され、大名行列は1795年に始まったと伝えられている。
  • 村社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://hidakasan.sunnyday.jp/
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/