邇保姫神社 - 神社ファン

有名度

前頭

邇保姫神社

にほひめじんじゃ

広島県広島市南区西本浦町12番13号

広島県広島市南区西本浦町12番13号

拝殿

Taisyo(wikipedia CC 表示 3.0)

邇保姫神社以外にも 正八幡宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 子供
  • 厄除
邇保姫神社には

「子供系(有名)」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 子育て 厄除け 災い除け

御祭神

主祭神

爾保都比売神 にほつひめのかみ

配祀

帯中津日子神(仲哀天皇) たらしなかつひこのみこと

配祀

息長帯比売神(神功皇后) おきながたらしひめのかみ

配祀

品陀和気神(応神天皇) ほんだわけのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

邇保姫神社は広島県広島市南区に鎮座する神社。御祭神は爾保都比売神、帯中津日子神(仲哀天皇)、息長帯比売神(神功皇后)、品陀和気神(応神天皇)の4柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝によれば、神功皇后は三韓征伐の帰途に当地へ立ち寄り、爾保都比売神を鎮祭したと伝わる。翌日、神功皇后が出発の際に邪気祓いとして放った矢は山中に落ち、その矢を神体として仁保島、現在の黄金山の鎮守としたことが邇保姫神社の起源とされている。
仁和元年(885年)には宇佐八幡宮を勧請し、正八幡宮と称した。これにより、主祭神の爾保都比売神に加え、帯中津日子神(仲哀天皇)、息長帯比売神(神功皇后)、品陀和気神(応神天皇)の3柱を相殿神として祀る形が整えられたと伝わる。
昭和20年(1945年)の原爆投下では、社殿は爆風によって傾いたものの倒壊を免れ、被爆者の救護にも使用された。平成8年(1996年)10月には、本殿・拝殿・手水舎が広島市の被爆建物リストへ登録された。
しかし、平成19年(2007年)9月27日未明に発生した火災により、本殿や拝殿など主要社殿が焼失した。焼失した社殿は、建築様式から享保年間に再建されたものとされる。火災後は、被爆建物リストには手水舎のみが記載される形となった。
平成20年(2008年)4月には復興造営事業奉賛会が結成され、社殿再建に向けた復興事業が進められた。平成22年(2010年)6月25日には拝殿の工匠の儀が行われ、同年11月30日には完成した拝殿への遷座祭が執り行われた。現在の本殿は三間社流造、銅板葺で、間口三間半、奥行三間半の規模を持つ。
例祭は毎年10月29日直前の日曜日に行われる。邇保姫神社の獅子舞は、附の木造獅子頭1面とともに、平成26年(2014年)11月26日に広島市指定無形民俗文化財となった。例祭前のおよそ10日間、獅子は氏子地域の家々を巡り、例祭当日には神輿渡御の行列を先導する。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 三間社流造銅板葺

神紋

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出典
公式サイト
http://www.nihohime.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%87%E4%BF%9D%E5%A7%AB%E7%A5%9E%E7%A4%BE
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/