三蔵稲荷神社 - 神社ファン

有名度

前頭

三蔵稲荷神社

さんぞういなりじんじゃ

広島県福山市丸之内1-8-7

広島県福山市丸之内1-8-7

拝殿

Carpkazu(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 厄除
三蔵稲荷神社には

「恋愛系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除け 縁結び 商売繁盛

御祭神

宇賀魂大神 うがのみたまのおおかみ
猿田彦大神 さるたひこのおおかみ
大宮女大神 おおみやめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

三蔵稲荷神社は広島県福山市に鎮座する神社。御祭神は宇賀魂大神、猿田彦大神、大宮女大神の3柱をまつる。
三蔵稲荷神社の由緒は、福山藩初代藩主・水野勝成と福山城築城に始まる。勝成は21歳の時、三河国刈屋城を出て、各地を巡る放浪と武者修行の旅に出た。その際、祖父・水野忠政が京都の伏見稲荷大社から受けたご神体を授かったと伝えられている。
勝成は四国や九州での戦にもそのご神体を携え、常に身近に置いていた。元和5年(1619年)、勝成は福山の地に福山城を築城し、城内北側の鬼門にあたる場所へ三蔵稲荷神社を創建した。備後国の守護神として祀ったことが、現在の三蔵稲荷神社の起源である。
江戸時代後期には、福山藩主阿部家にまつわる伝承も残されている。阿部家のお納戸役を務めていた武士が、藩の御用金を持って福山から江戸へ向かう途中、幾度も危険な場面に遭遇した。そのたびに、どこからともなく現れた威厳のある武士が助けに入り、危機を救ったという。
武士は名を尋ねられると、「福山の城北にやっかいになる、三蔵と申す者でございます」と言い残し、姿を消した。当時、城北には社寺が立ち並び、人が暮らす地域ではなかったため、お納戸役は三蔵稲荷神社の神使であったと悟ったと伝えられている。この出来事の後、阿部家では江戸屋敷と福山城内に三蔵稲荷の社を祀った。
安政2年(1855年)に発生した江戸地震では、江戸屋敷にいた阿部正弘が屋根の上に現れた三蔵ギツネの姿を見たと伝わる。正弘は家来たちにその存在を告げ、家来たちは落ち着いて火の始末や家財の運び出しを行ったという。
現在も三蔵稲荷神社では、毎年11月に三蔵稲荷感謝祭とミス三蔵稲荷神社ミスコンテストが開催されている。一般公募によって集まった女性たちが審査を受け、選ばれた3人がミス三蔵稲荷として活動している。
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神社詳細

公式URL

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文化財

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出典
公式サイト
http://sanzoinari.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%94%B5%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/