能義神社 - 神社ファン

有名度

前頭

能義神社

のきじんじゃ

島根県安来市能義町366番地

島根県安来市能義町366番地

本殿

Bittercu(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
能義神社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け 豊漁

御祭神

天穗日命 あまのほひのみこと
大己貴命 おおなむちのみこと
事代主命 ことしろぬしのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「出雲・オオナムチ系」 「えびす系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

能義神社は島根県安来市に鎮座する神社。御祭神は天穗日命、大己貴命、事代主命の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
能義神社の古い名は、『出雲国風土記』に見える「野城社」とされる。奈良時代、能義郡地方では野城大神が信仰され、『出雲国風土記』にも野城社として記載されている。野城大神は熊野大神、杵築大神、佐太大神と並び、出雲国で大神と称された神である。平安時代の『延喜式神名帳』では出雲国意宇郡の「野城神社」に比定される一方、出雲国能義郡の「天穂日命神社」に比定する説もある。吉佐村の国津大明神、現在の支布佐神社との間では、正徳年間と明治初期に論社争いが起きた。『日本三代実録』には、能義神が貞観9年(867年)に従五位上、貞観13年(871年)に正五位下の神階を受けた記事が見えるが、この神階が能義神社に関わるものか、天穂日命神社に関わるものかは不明である。
社殿は古く大社造であったと伝わる。永禄6年(1563年)の火災により社殿は焼失し、古文書や什器類も失われた。慶長18年(1613年)、堀尾氏によって旧地より一段低い場所に再建され、その後も改築が行われ現在に至る。本殿は大社造である。境内には弥生時代から古墳時代にかけての住居跡とされる能義神社遺跡があり、周辺には能義神社奥院古墳をはじめとする円墳が複数存在する。能義神社奥の院古墳は、所有者を能義神社として昭和54年(1979年)3月29日に安来市指定史跡となっている。例祭は10月19日である。祭事には、2月の祈年祭、6月5日の御田植祭、6月30日の大祓、7月31日の夏祭り、11月23日の新嘗祭がある。
  • 県社
  • 式内社(不明)
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

本殿 大社造

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%BD%E7%BE%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/